お待ちあれ(時々追記中)

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    更新遅れて遅れて遅れて、こんな体たらくではあります。

    現在タイに滞在中。相も変わらずあちらこちらで食べ散らかしてます。

    更新する気は常にマンマンですのでしばしお待ちあれ。


    数時間から数週間。




    *****追記.2016.09.19*****
    とっくに帰国してます。
    なんやかんやで忙しくバタバタしたり、30分仮眠のつもりで12時間寝てしまったりの日々。
    もうちょっとお待ちあれ。

    *****追記.2016.10.18*****
    とか言ってるうちにその後またタイに行ってまた帰国して、
    そしてまた出国して現在ラオスのビエンチャンにいます。
    そんなこんなでもう少しあれな感じで。


    *****追記.2016.11.05*****
    ラオスのビエンチャン〜ルアンパバーンとまわった後ベトナムのハノイに。
    先週帰国しました。
    どっしりと腰を落ち着けていろいろ進めたいところですが11月中旬のスズナリ公演への準備などなど。
    相変わらずバタバタ。でもいっぱい寝ちゃって結果更にバタバタ。

    *****追記.2017.02.26*****
    そんなこんなしている間に二ヶ月位前に年は明けました。あけましておめでとうございます。
    1月末から栗コーダー&フレンズのツアーでミャンマー〜タイと回り、そのまま居残ってチェンマイです。
    明日帰国します。そろそろ落ち着くかな。

    *****追記.2017.03.27*****
    とっくに帰国し、確定申告も終えて、なんやかんやで上がったり下がったりの日々。
    さほど金にはならないあれやこれやに振り回されてます。
    誰か600万円くらい下さい。




    ソウルの市場でタユを食う

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      生肉を気軽に食えない世知辛い世の中である。

      国内に於いては様々な生肉メニューがここ数年で次々と食の表舞台から姿を消してしまい、飲食店で生肉欲を満たす事が出来なくなってしまった。
      仕方が無いので俺は、どうにも我慢が出来なくなるとスーパーで安売りされている米国産牛肉切り落としのパックを買って来てドチャリと丼に盛り、ニンニク、コチュジャン、ごま油、焼肉のタレなどをかけてそのままベソベソと食って欲望を満たしたりしていたのだが、多くの方から「やめろバカ」とびっくりする位の勢いで止められたり叱られたりしたので最近は滅多にやっていない。いや全くやっていない。

      そんなこんなで日本の生肉事情は厳しい昨今だが、幸いにもアジアには生肉食文化が現在も続いている国が多い。
      とりわけ日本人にとって最も馴染みが深いのは韓国だろう。LCCを利用すれば比較的リーズナブルにヒョイと行ける距離である。

      ソウルの広蔵市場の一角に、通称「ユッケ通り」と呼ばれる場所がある。
      細い路地の両側に軒を連ねるそのほぼ全てが「ユッケとレバ刺しの専門店」という、生肉好きには堪えられない小径である。

      ここは実に活気のある通りで、夜のメシ時ともなると生肉を求めてやって来た人々の長い列が殆どの店先に出来ている。
      俺は行列と言う物が大の苦手で、並ぶ位ならばと「人気はイマイチだが空いている」店にサッと入ってしまう事が多いのだが、目当てが生肉と生レバでましてや異国である。空いているからといって不人気店に入るのはリスクが高い。という事で大人しく行列の最後尾に接続して順番を待つ事にした。
      周囲で飛び交う韓国語の会話をBGM代わりにして店頭の冷蔵ケースの中にドチャリと盛られた生肉の山などを眺めつつ涎ためつつ鼻たらしつつしばらく待っていると、やがて元気の良いおばちゃん店員に呼び込まれてついに入店。
      テーブル席に着いてすぐさまビールを注文。
      壁にはハングルで書かれた短冊メニューが数品貼ってあるのだが、これがまあ当然だが絶望的に読めない。
      幸いにもメインどころらしき数品には頼りない書体で日本語ふりがなが併記してあったので、それを手がかりにレバ刺し、センマイ刺し、牛刺し、そしてユッケを注文した。
      すると店のおばちゃんが、壁に貼られたユッケの隣の短冊をパンパン叩きながら、「こっちの方がオススメだよ!」といった感じの事を言っている。
      見ると、やはり頼りない字体のかすれた日本語ふりがながハングルの横に書かれている。

      「ユッケ と タユ」

      タユとはなんぞや。
      韓国料理についてはソコソコ知っているつもりだったのだがこれは聞いた事のない料理名である。
      とにかく牛生肉のユッケに何かが加えられている物の様だったので、食の好奇心にも背中を押されてそいつを注文する事にした。

      47_01.jpg

      韓国産のやや味の薄いビールと共にキムチやナムルなどをつまみつつ待っていると、まず現れたるは牛レバ刺しとセンマイ刺しである。

      ぶ厚い角切りでドデンと盛られたツヤッツヤの生レバーはあまたある生肉料理の堂々たる横綱。見た目もさすがの貫禄である。その横にはこれまた気前よくドチャリとセンマイ刺し。こちらもなかなかの実力者だ。
      塩とゴマ油を混ぜたあのお馴染みのタレに角切り生レバーをチョンとつけ、薬味の白髪葱と共に口に放り込む。
      プリュンブリュン!驚きの弾力ゆえレバーが口の中をヒョルンヒョルンと跳ね回る。なんとかベロで絡めて捕まえてブツリと歯を入れ噛み締めると、ギュッと凝縮されていた肝細胞達がほのかな甘味と濃厚な旨味をまとって一気に放たれる。
      酒浸りで疲労しているであろう我が肝臓が新鮮な細胞と今まさに入れ替わり、みるみる健康になって行く様な錯覚すら感じられる。
      ブホーと鼻息を荒げつつ思わず半笑いになって咀嚼し、旨き物体がヌルリと喉を通過したすぐ後に冷たいビールで追いかけグビリと飲み込む。
      続いてセンマイ刺しをひときれ。
      鮮度が良いのはもちろんの事、下ごしらえも丁寧にしてあるので臭み等はなく、クリュコリとした歯ごたえが実によろしい。
      あっさりながらも旨味のあるその味はごま油の香りで一層引き立ち、またまたビールをグビリ。
      濃厚レバーと淡白センマイのコンビネーション、抜群だ。
      あっという間にジョッキが空になる。これぞ至福。

      47_02.jpg

      二杯目からはチャミスルにチェンジ。韓国の庶民的な焼酎をロックで頂く。
      ほんのりと竹の香る甘めの焼酎が、生ニンニクや唐辛子を多用した料理とこれまた実に合うのである。

      続いて牛刺しが運ばれて来た。
      スライスされた赤身肉がズラリと並んだその姿のまあ美しい事。いつまでも眺めていたい位だ。
      生のにんにくスライスと共に肉を一枚、口に。ニチャリと噛み締めるとアミノ酸の多い赤身肉から旨味がジュワリ。続いてチャミスルのロックをコピリとやり、甘い香りと共にスルリと喉を通過して行く気持ちよさ。

      47_03.jpg

      思わず表情もほころびつつ堪能していたらついに真打ちの登場。
      「ユッケとタユ」である。

      テーブルに置かれた皿を見て、俺は思わずおわっと声を上げてしまった。
      細切りにされた牛生肉の上で、ブツ切りバラバラにされた活タコの細かい足が、全てウネウネと踊る様に動き回っているではないか。

      「タユ」は、「タコ」の誤表記であったのだ。

      俺は箸を持ち、まずは韓国の流儀にのっとって肉と活タコとを一気に混ぜ合わせた。
      卵黄で照りツヤが出た赤い肉片の集合体の内部で未だ蠢くタコ足によって、ユッケは何か意思を持った謎の生命体の様にモコモコと動いていた。
      かつて、ジョン・カーペンター監督の映画の中でこんなクリーチャーを観た様な気がする。

      あまり想像力を働かせすぎるといつまでも食えなくなりそうなので、俺はひとまず箸でひとすくいして謎の生命体を口に放りこんだ。

      口の中で尚、元気なタコの足が生肉を押しのけながら動き回っている。
      構わずプツリと噛み締めてとどめを刺す。
      卵黄のコクが加わったユッケのニチャリとした細切れ生肉の少し奥にプツリコリブルリとしたタコ足の食感が現れる。
      陸と海との生肉競演は想像以上に素晴らしく、思わず二口三口と立て続けに食ってしまう。
      途中、上顎や頬の内側にタコの吸盤が吸い付いて来るという思わぬ抵抗にあったりもするが、舌先で振り落としてブツリガブリと噛み砕き片っ端から迎え撃った。

      全ての肉皿を空にして、酒と生肉でパツンパツンになった腹をさすりながら俺は夢見心地で余韻を味わった。
      しかし日本に戻ったら、こんなに生肉を堪能する事はもうほぼ不可能なのだ。なんとも寂しい話ではないか。

      47_04.jpg

      いまでもソウルでの生肉体験を思い出すだけで、口の中が涎でいっぱいになってくる。
      満たされない生肉欲を持て余しどうする事も出来ずに国内で日々呻吟している、そんな今日この頃の俺である。


      とりあえず、冷蔵庫にはスーパーで安売りしていた米国産牛肉切り落としのパックが入っている。



      あの子の牛乳

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        久し振りに牛乳1リットルを一気飲みし、そして腹を下した。

        40代も半ばになって何をやっておるのかと思われそうだが、つい数年前までは日常的にやっていた事だ。
        夏の暑い日など、水の代わりに冷えた牛乳を毎日ガブガブ飲んでいた。1リットルの紙パックなどものの十秒で飲み干したものだ。
        軽い気持ちで久々にやってみたらこの体たらくである。つくづく「我、衰えたり!」と痛感した。

        「中年は、冷たい牛乳1リットルを一気飲みすると、腹を下す」

        肝に銘じて、今後はほんのりと温めた牛乳を小洒落たカップで小分けにして、マカロンだかなんだかいう実体のないクシュクシュした菓子でも食いながらゆっくりと時間をかけて1リットルすするというカフェ好き女子の様な控えめな生活を送る事にする。


        小学生の頃、給食の牛乳を何本も飲んで得意気になっていたバカな男子がいなかっただろうか。
        俺である。
        なんだかわからないが、クラスで余った牛乳を片っ端から飲んでは「どうだ」とばかりの意味の分からない自慢顔をするのである。
        「牛乳瓶の蓋を口で開ける」「手を使わずに飲む」「二本同時に飲む」等々、心底どうでもいい技をチョイチョイ挟むのもこの手の男子の共通した特徴だろう。俺である。

        それだけ毎日カルシウムを摂っていたらさぞかし背が伸びるだろうと思いきや、俺は標準身長のままで、ただの肥満児になった。

        ムッチムチの子豚の如く太っていたので、放課後に自転車で商店街をタラタラ走っていたら見知らぬお爺さんが近寄って来て
        「ほほ、この子はよ〜く太っておるのう、ど〜れ」
        などと、半ズボンから出た太ももをねっとり丹念に撫で回されたりもしたものだが、今にして思えばあの爺さんはやっぱりアレだろうか。まあ、アレだろうな。うん。

        ま、そんなこたあさておき、クラスにはガブガブ牛乳を飲んでデブデブ太った俺の様なガキもいれば、食が細く、身体の弱い子供もいた。

        同級生にひとり、ちょっと虚弱体質の女の子が居た。
        彼女の肌はそれこそ牛乳の様に白く、髪は明るい栗色。パッチリとした目の、ムーミンに出て来る「ミー」にちょっと似た感じの可愛らしい女の子だった。
        彼女は病弱な様で学校をちょいちょい休みがちだったが、子供は特に気遣いなどはしないので、女の子が登校した際には普通に一緒に遊んでいた。
        ただあまり活発な動きは出来なかったようで、体育の授業の時、女の子はたいてい端っこにちょこんと座って見学していた。
        彼女は食も細く、いつも給食のパンや牛乳を食べ切れず残していた。
        当時の小学校に於いて給食を残すという行為は許されざる重罪で、野菜に興味の無かった俺などは昼休みも、その後の掃除の時間までも一人机に残されて、野菜とリンゴがヨーグルトで和えられた意味がわからないサラダなどを拷問の様に食わされたりしたものだが、その女の子に関してだけは何故だかおとがめ無しだった。
        不思議と「ずるい!」という感情は湧かず、早々に食事の手を止めてぼんやりしている彼女の横から俺は「もーらい!」と牛乳瓶をかっさらい、口でパコンと蓋を開けて飲み干しては誰一人として注目していないのに得意顔になったりしていた。

        相変わらず女の子が学校に来たり休んだりを繰り返していたそんなある日、教室でスケッチブックが回って来た。
        どうやら女の子は入院して、近々なにやら大きな手術をする事になったらしい。
        彼女を元気づけるため、クラス全員でそれぞれ絵を描いて贈ろうという事になったのだ。

        俺はスケッチブックの1ページを使って大きく、空を飛んでいるオバケのQ太郎の絵を描き、その手には牛乳瓶を持たせた。フキダシに「元気になってね!」と台詞を入れて、色を塗った。

        それから何日経っても、何ヶ月経っても女の子は教室に戻っては来なかった。

        先生も、親も、誰も何も言わなかった。
        俺は、「あの子はどうなったんだろうか」と思ってはいたのだが、なんだか聞いてはいけない事の様な気がして、結局誰にも尋ねる事は出来なかった。
        何もわからないまま日々は過ぎ、進級し、小学校を卒業し、やがて俺の記憶からも女の子はいなくなった。

        先日、牛乳を一気に飲んでいる時、ふいにあの時の女の子が俺の記憶の中に甦った。

        あの子はいま、どこにいるのだろうか。
        あの子はいま、どこかにいるのだろうか。

        牛乳を飲める様になっただろうか。
        もし飲める様になっていたなら、教えてあげたい。

        お互いもう40代も半ばなんだから、1リットルを一気飲みするとおなか下すよ。と。


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        Dennis Ivanov

        (デニス・イワノフ)

        日本人。
        グラヒックデジャイナー。
        twitter:Dennis Ivanov

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