売ってます

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    西荻窪ニヒル牛での個展は終わりました。ありがとうございました。
    今回制作した本
    「骨山バイク店」
    「ぼく、誰えもん。」
    「汚い猫がいた町で。」
    「オススメしないが食ってみろ」
    「東南亜細亜栗景色」
    引き続き店内「maipenrai graphics」の箱で販売中です。
    ニヒル牛の通販でも取り扱ってます。
    詳細はなんかこう、うまいこと検索してみて下さい。

    こちらの更新も近々再開します。

    とか言って3年くらい放ったらかしになるかもしれませんが。


    こくち

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      南の国の汚いあいつ

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        タイ北部の街、チェンマイ。
        その片隅で、顔なじみになった一匹の汚い猫が暮らしていた。

        俺は年に何度かタイを訪れてはチェンマイの街にしばらく滞在し、数日間ボンヤリして過ごす事を数少ない楽しみの一つにしている。
        金がないので贅沢な旅行は出来ないが、物価の安い東南アジアの街で屋台メシを食らい安酒を飲み、近所をブラブラしつつダラダラ過ごすという束の間の南国生活はそれだけで十分楽しく、なんとも中毒性の高い快適さがある。
        チェンマイは安宿の多い街ではあるがさらに安上がりにするため、俺は日本の友人が別宅として現地に借りていた一軒家に居候させて貰っていた。
        そんな快適居候生活中のある日、散歩の途中で一匹の猫に出くわした。





        身体のところどころカサブタや皮膚疾患だらけでハゲがある、随分と薄汚れた感じの目つきの悪い白猫で、
        「なんだおまえ、ずいぶんボロいなあ」
        と、思わず声をかけてしまうほどの汚い猫だった。
        初対面にも関わらずボロ猫は近づいてきて俺に身体を擦り付けてきたので、猫経験値が低くコミュニケーションに不慣れな俺ではあったがとりあえず頭を撫で、身体を撫で、と、調子に乗って急速に距離を縮めた結果最終的にガブリと手を噛まれた。
        そんな破傷風の心配を伴う出会いではあったが、その日から何故だか猫は居候先に度々訪ねてくる様になった。





        俺は猫というものに対して「何を考えているんだかわからず、行動も読めない気難しい小動物」という程度の認識しかなく、自分とは関わりの薄い存在だと思って40数年間を過ごしてきたのだが、
        毎日のように玄関先にやってきてチョコンと座り、こちらをじっと見つめているその生き物に俺はいつしか心奪われ、タイに行く際には日本産のキャットフードを山ほど買い込みスーツケースに詰めて旅立つようになってしまっていた。
        出国前日に、スーパーのペットコーナーに並ぶ様々なキャットフードを手にとっては
        「この新発売のカリカリは気に入ってくれるだろうか」
        「あいつは鶏より魚が好きだからな」
        などとブツブツ言いながらニヤニヤ腑抜けたツラであれこれ吟味する時間がとても好きでもあった。





        気づけば、年に数回訪ねるチェンマイでの一番の楽しみが猫と過ごす時間になっていた。
        深夜便で日本を発ち、バンコクで乗り継いでチェンマイ空港に到着するのは朝の9時過ぎ。
        エアポートタクシーで居候先に到着し、カギを開けて家中の窓を開け放ち、まずは数ヶ月たまったヤモリの糞と埃をほうきで掃き、板張りの床にモップがけをする。
        そんな作業をしていると、気配を察知したボロ猫がどこからかやってきて、玄関の網戸の前にチョコンと座ってこちらを見ているのである。

        「ニャー」

        いつから関係が逆転したのか、実は先に鳴くのは俺の方である。
        俺の汚い鳴き声に呼応して、汚い小動物が声を上げる。

        「ニャー」


        玄関の網戸を開けて、擦り付けて来たその身体中を撫でてしばし再会を喜ぶ。
        最終的に2割の確率で噛まれるのだが、経験を重ねてこちらの危機回避能力も上がり、すんでのところでかわし軽症で済むことが多くなった。
        持って来た日本産のカリカリ、そして大好物のチャオちゅ〜るを与えてしばし軒先で共に過ごす。鳥の声、風の音を聞きながらともにぼんやり過ごすこの時間が俺にとっては宝物だった。
        猫はエサを目当てに来るだけでは無く、深夜、怪我をした状態で助けを求めに俺の元に転がり込んで来たりもして、そんな時は「時々メシをくれる奴」から「少しは頼っても大丈夫そうな奴」へとランクアップしたようで心配しつつも嬉しかったものだ。





        そんなこんなで訪タイの度に共に楽しく過ごしていたのだが、二年ほど経った頃、事情により友人が借りていた居候先を引き払わねばならない事態に相成った。
        せっかく仲良くなれたのにこれでお別れか、と、居候先で最後の夜をしんみりとした気持ちで共に過ごし、寂しい気持ちで俺は帰国の途についた。

        帰国して数日間は気が気じゃなかった。
        あいつはまた今日も、あの家に俺がいると思って何度も様子を見に来ているんじゃなかろうか。
        そんなことを考えるとなんとも猫に申し訳ない気持ちになった。





        半年経った夏。
        なんやかんやと時間が取れず、旅費も気軽に工面できずで、ようやくチェンマイに来ることができた俺は安ホテルにチェックインし部屋に荷物を置くとすぐさま飛び出して、2kmほど離れた場所にあるかつての居候先を訪ねてみた。
        あの猫はいるだろうか、と敷地内をあちらこちら探し回ってはみたものの、姿を見つけることは出来なかった。

        タイの猫の寿命は短い。
        気温や湿度の高さ、道端で漁る残飯類の塩分油分濃度の高さ、雑菌や寄生虫の多い衛生環境などなど、原因はたくさんあるのだろう。
        比較的ちゃんとした世話をされているであろう猫カフェの猫たちですら、3年もすればすっかり顔ぶれが変わるほどのサイクルの速さだ。
        あのボロ猫と出会ってから2年半。「もしかしたら・・・」という思いが頭をよぎった。

        しょんぼりとした気持ちになって食事も喉を通らない状態ではあったが近所の屋台で大盛りガパオライスをモリモリ食べ、念の為もう一度、と様子を見に行ってみたら猫がいた。
        俺の顔を見上げて一瞬キョトンとした表情をしていたが、すぐに個体認識したようでニャーとひと鳴きして身体を擦り付けて来た。
        半年経って、猫は急速に老いているように見えたが、ひとまず再会できたことが嬉しかった。

        それから俺は朝、昼、晩と、猫に会うために毎日何度もバイクを走らせてテリトリーを訪ねた。
        姿が見えず探し歩いていると、通りかかった近所の食堂のおばちゃんが、
        「猫、あっちに居たよ〜」
        と教えてくれたりもした。
        どうやらこの界隈では「汚い白猫に毎日会いにきている日本人」として認識されているようだった。

        猫はなんだか、日に日に汚くなっているように感じられた。

        「お前、ずいぶんとボロくなったなあ」

        言葉をかける俺を猫は見上げて「ニャー」といつものように少し掠れた声で鳴いた。





        10日ほど滞在し、いよいよ本日夕方発の便に乗って帰国、という最終日、パッキングを終えた俺はバイクで猫に会いに行った。
        交通量の多い車道から小道に入り、少し進むとかつての居候先がある。
        見慣れた風景を進むと、薄汚れた小さな白い塊が見えてきた。
        猫は門のすぐ横で丸まって座り、俺を待っていたようだった。

        道端にバイクを停めると、猫は「ニャー」とひと鳴きして寄ってきて、しゃがんだ俺に身体をピタリとくっつけた。
        「今日で俺、日本に帰っちゃうからな。しばらくまた会えないぞ」

        俺の言葉を理解しているのかいないのか、猫は「ニャー」と掠れた鳴き声を繰り返すだけだった。

        いつものようにカリカリ、そして大好物のチャオちゅ〜るを与え、すっかり満足して目を閉じている猫のそのボロい身体を撫でながら、しばらく道端に並んで座って過ごした。
        初めて会った時から2年半の時が経ち随分と老いたように見える猫は、その日は珍しく俺の手を噛まずに身体を寄せたままじっとしていた。

        そろそろ行かなくちゃ、と俺は立ち上がり、見上げている猫に「またな」と声をかけてバイクにまたがった。
        バックミラーに映る白い物体が小さくなって行くのを見ながら、何故だかいつも以上に堪らなく寂しい気持ちになった。





        その後、季節は巡り年も越し、バタバタと日本で日常を過ごしているうちに更に半年が経ってしまったが、俺はまたチェンマイにやって来ることができた。

        到着するやいなや、いつものように荷物を置いて飛び出して、日本で買い込んで来たたくさんの猫エサをバッグに詰め込んであの場所へと向かった。
        かつての居候先、その敷地内、そして周辺の小道を歩きながら「にゃんこ〜」と呼んでみた。
        どこからか声を聞きつけて、あの汚い猫がやってくるだろう。
        しかし5分、10分、現れない。30分、1時間、現れない。
        その日は朝昼晩と通ってもまったく姿を見ることはできず、
        通い続けて3日経ち、4日経ち、1週間が過ぎた。
        いないと思ったらいる、それがいままでのパターンだったのだが、今回はいつまで経っても猫には会えなかった。





        10日目、いよいよ俺は決心した。「知りたいけど知りたくない」そんなモヤモヤとした想いをはっきりさせることにした。
        あのボロ猫が根城の一つにしていた近所の食堂。そこのおばちゃんに聞いたらそれがわかるかもしれない。
        以前俺に「あの猫ならあっちにいたよ〜」と教えてくれたおばちゃんだ。
        俺は独学で少しばかりタイ語を学んでおり、カタコトながらメシ屋での注文くらいであれば出来る程度にはなっていた。
        まあ注文出来ると言っても、食堂で麺を頼んで待っていたらアイスコーヒーをドデンと置かれたりするレベルなので、とても人様に言えたようなもんじゃないのだが、まあ頑張れば意思の疎通くらいは可能であろう。

        しかし聞きに行くにあたって、俺は新たな単語を調べて覚えなければならなかった。
        ある程度覚悟している答え、それを認識するための単語である。

        ตาย

        ターイ。
        「死ぬ」という意味のタイ語だ。

        この状況では最も使いたくない言葉だが、確認するためには仕方がない。

        心の準備を整えるため、バイクでは無く30分かけて歩いて向かうことにした。
        炎天下、忘れないようにブツブツと小さな声で暗唱しながら歩いた。

        「ターイ ターイ ターイ ターイ」

        人に聞かれたらギョッとされるであろう。

        「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」

        呟きながらデブの中年男が汗でビッチャビチャになりながら歩いているのだ。


        そうこうしているうちに食堂に到着し、俺はスウと深呼吸をして心を落ち着かせ、
        鍋の前で手を動かしているおばちゃんに声をかけた。


        「コ、コンチニパ」

        「あら、はいこんにちは」

        「アノ猫、シロい猫、ドコにイルデスカ?」

        「あー、あの白猫は死んじゃったよ」

        「シンヂャタ!?ソレはイツのコトでアリマショウ」

        「三ヶ月前、死んじゃったよ」

        「エー・・・」


        外国語を学んでいる者にとって、現地の人と現地の言葉で複数ターンの会話が成立するというのは凄く嬉しいことのはずなのだが、
        自分の言葉が通じて、相手の言葉が理解できて、こんなに嬉しくなかったのは初めてだった。


        落胆する俺に、おばちゃんはケロリとした感じで言った。

        「でもごらんよ、あの猫の子供達がそこらじゅうにいるよ」

        そうなのだ。
        半年前に訪れた際、近所の人からも聞いていたのだ。
        あのボロ猫が、近所のキレイな黒猫を孕ませてたくさんの子猫が産まれたと。
        その子猫たちが育って、いまやそこいら中にいるのだ。





        あのボロ猫はもういないけど、ボロ猫の遺伝子は受け継がれ、繋がり続けているようだ。
        寂しいけれど、悲しいことじゃない。
        きっと今日もあの道を、あいつによく似た汚い毛並みの若猫がノシノシ歩いていることだろう。

        あいつのおかげで、俺はもうひとつタイ語のフレーズを覚えることができた。


        พบกันใหม่


        「また会おう」


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        Dennis Ivanov

        (デニス・イワノフ)

        日本人。
        グラヒックデジャイナー。
        twitter:Dennis Ivanov

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