テクノポップ

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    「テクノポップのオリジネーター」クラフトワークの来日公演を観て来た。素晴らしかった。
    観客は3Dメガネを着用し、ステージ背面のスクリーンに照射される巨大3D映像と共に電子音の洪水に身を委ねるという、圧倒的なショーだった。

    余韻に浸りながらの帰り道、すっかり忘れていた記憶がひとつ、ぽっと心の奥底から浮上して来た。
    そういえば俺もかつて、テクノポップのバンドを組んでライブハウスのステージに上がった事がある。

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    20代の前半、日々色々とみっともない時間を過ごしていた頃だ。
    電子音楽が好きだった俺は、鍵盤など弾けもしないのに何台ものガラクタ同然のシンセサイザーをただ所有していた。
    普段は部屋の隅で埃をかぶっていたそれらのシンセ群だが、時折気まぐれに電源を入れてツマミをまわしていじくってギュインだのビコンだのビヨビヨだのとやかましい音を出しては一人悦に入り、調子に乗り過ぎて隣室の住人から壁をドーンとやられたりしたものだ。

    そんなごくごく個人的な楽しみが、雑談の中から友人知人の間で少し知られる様になり、
    ある日、後輩の女子、Kからバンドの誘いを受けた。
    「色んな曲をテクノポップアレンジでカバーするというイベントがあるのでバンドメンバーとして出てくれないか」と。
    翌日Kが、リーダーだという女の子を連れてやって来て紹介された。この2人がツインボーカルで、ガーリーなテクノポップバンドをやりたいのだという。
    女の子はIという名前で、地方でCMモデルなどをやっているアイドル志望の子だという。
    メンバーは他にギターが2人、ベース1人、ドラム1人、そしてキーボードが俺を含めて2人という大所帯だった。

    リーダーであるアイドル志望のIは当時まだ10代だったが、上昇志向の強さが初対面の数分ではっきりとこちらに伝わって来る様な子で、とにかく今回のイベントで少なからず注目を集めて何らかの手がかり足がかりにしてやろうという強い野望を持っているようだった。
    弾けもしない楽器のツマミを部屋で一人気まぐれにいじくって満足している様な俺とは違って、とにかく「前へ前へ」と自己顕示欲強めなIの姿勢に少々気圧されてウウッとこちらが引いてしまう様な場面もあったのだが、経験豊富だという他のメンバーが音楽的な部分はどうにかしてくれるようだし、イベント本番に関しては「機材を操る人がたくさんいる」という絵面が欲しいだけらしく、俺は隅っこで時々ピーとかガーとか適当にツマミをひねって相槌のような電子ノイズを出していればそれだけで良いとの事だったのでとりあえず気楽に引き受けた。

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    バンド全体の最初の顔合わせは新宿の貸スタジオだった。メンバーに軽く挨拶だけしたら、さあセッションをしようという事になった。
    俺は楽器など弾けないし、「コードはなんたらで」とか言われても何の事やらである。やる事が無いのでスタジオにあったキーボードの前で電源も入れずにただ突っ立っていた。
    その後、一切練習に呼ばれる事は無かった。
    無かったが、メンバーが減ったという知らせだけは時々届いた。
    アイドル志望のIはとにかく我が強く、ちょっとでも意見がぶつかるメンバーは次々にクビにしてしまっているらしい。

    「ギターが1人やめちゃった。まあもう1人いるから大丈夫だけど」

    「ドラムの人が練習に来なくなっちゃった」


    日々不安な情報ばかりが届き、いよいよライブ本番まで一週間を切った頃、信じられない連絡が来た。

    「楽器出来る人、みんなやめちゃった」

    「でも、イベントには出るからよろしく!」

    よろしくじゃねえよ。
    最終的なメンバーはボーカルI、Kの2人と、一切楽器が弾けないキーボードの俺。だけ。
    恐ろしい事になってしまった。当日演奏する予定の曲リストが送られて来たので、買ったばかりの安物シーケンサーを前に、原曲のCDを聴きつつ使い方もよくわからないまま人差し指一本でたどたどしく鍵盤を押して3日ほどかけて泣きそうになりながらなんとかテクノポップぽいアレンジになるように打ち込み作業をした。
    しかし所詮リズム感も音感も何も無い俺がいくら付け焼き刃で頑張ったところで、出来上がった演奏データはまるで死にかけの猫が鍵盤の上で暴れているような酷い代物だった。

    そしてライブ当日。会場は下北沢のライブハウスで、出番は三番目だった。
    本番前の待ち時間、俺はキーボードの鍵盤のひとつに付箋を貼り、間違えない様に黒マジックで「ド」と書いた。我ながら酷いレベルだと思った。
    我々以外の出演バンドはもちろん「ちゃんと演奏できる」人達であり、中にはメジャーから声がかかっている人気バンドもいたらしい。
    そんな関係からか、ライブハウスのフロアは思いの外たくさんの観客で埋まっていた。

    「どうせ知り合いが何人か来るだけの、スッカスカの内輪イベントだろ」とタカをくくって舐めていた俺は、出番が近づくまで毎分毎秒ただただ後悔だけをして過ごしていた。

    2番目のバンドの演奏が終わり、いよいよ俺たちの出番になった。ステージ袖では後輩Kが緊張を和らげようとして凄い勢いで酒を飲み続けている。アイドル志望Iもさすがに同じく極度に緊張しており、アイドルとは程遠い面白い表情になってしまっていた。
    ええいままよとステージに上がった瞬間、泥酔した後輩Kがマイクを鷲掴みにして、まだ曲が始まってもいないのに何故かデスメタルの様な唸り声を上げ始めた。
    なんだかわからないままにシーケンサーを回すともう止められない。
    大音量で「ガーリーなテクノポップ」とは程遠い死にかけの猫による演奏、泥酔したKの唸り声、戸惑うIの「こんなはずでは」という気持ちに満ちた諦めボーカルの共演が繰り広げられた。

    演奏したのは全部で5曲だったか6曲だったか今となってはすっかり忘れたが、一曲終わる毎に、凍り付いた客席から「耳をつんざくような静寂」という得体の知れない物が押し寄せて来て、やたらと空調の音が良く聞こえていたのだけははっきりと覚えている。
    そんな悪夢の様な時間がドロリと流れて行き、ようやく客、演者共に待望の最後の曲が終わり、一言マイクで挨拶をして引っ込むべき瞬間、静まり返った客席に、後輩Kの「ウグェッ」と嘔吐く声がリバーブ付きで響いた。
    そのままKが口元を抑えてステージから駆け下りると、モーゼの十戒の如く客席中央がキレイに割れて一本の道が出来た。
    Kは一本道を疾走して客席後方のトイレに駆け込み、半開きの扉の奥からやがてゲーゲーと吐く声が聞こえて来た。
    アイドル志望のIはマイクを握りしめ、一切の表情が消えた顔面のまま微動だにせず真っ白になって目を閉じて固まっている。死んでいるのかも知れないとすら思った。
    静まり返った観客の冷ややかな視線の前で、俺は代わりにマイクの前に立ち、こう言うしか術は無かった。

    「なんか、すんません」

    出番が終わり、光の速さで機材を片付け逃げる様にライブハウスを飛び出した。

    帰り道、ライブハウスから遠く離れてようやく少し安心出来たので道端の店に入り、牛丼を食った。その牛丼は色んな気持ちの作用によってびっくりする程に味も温度も何も感じられず、なんだか食事と言うより呼吸に近かった。

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    バンドのメンバーとはそれっきり一切の連絡を取っていない。
    ただあのライブから10年以上経ったある日、同じ名前のバンドがひっそりとではあるがメジャーデビューしていた事をインターネットのニュース記事で知った。
    世の中には山程のバンドがあるので単なる偶然の一致なのだろうとは思ったが、少し懐かしい気持ちになって記事の写真を眺めた。
    そこにはもちろん俺も後輩Kもいないのだが、アイドルのようなキラキラした格好をしてニッコリと笑っているIが真ん中に写っていた。

    俺は未だに楽器はまるで弾けないが、今ではシンセサイザーどころかギターやベースまでもが部屋にある。
    時折気まぐれにそれらの楽器を手に取ってはビヨヨンだのジャランだのボベンだのと音を出しては一人悦に入っているのだが、壁をドーンとやられない様に、最近は控えめな音量でやるようにしている。


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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