オレンジエジンバラ 〜1〜

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    「世界で一番、メシが不味い国は?」

    そんな問いの筆頭に挙げられる国、イギリス。

    出不精なので、それほど多くの国を旅した事は無い。
    たまに海外へ行く際の目的はただ一つ。「うまいメシを食いたい」それだけだ。
    出来ればホドホドに暑い国がいい。昼間はカッと照りつける太陽の下でプールに浮かんでダラダラし、夜は日中の熱気がかすかに残るモンヤリした空気の中、オープンエアの食堂でヤモリの鳴き声なんかを聞きながら冷たいビールを喉に流し込みつつ、美味い肉類をガッチョリと食らう。てな旅が一番の理想だ。

    そんな俺が、「世界で最も食事が不味い国」と言われるイギリスに旅をする機会など無いだろうと思っていた。

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    俺は数年前から、「清水宏」という名のコメディアンの舞台映像を担当している。
    この人物について文章で説明するのは難しいのだが、オレンジ色のジャージに身を包み、とにかく尋常じゃ無い量の汗をかきながら尋常じゃ無い熱量でしゃべりまくるという、何事においてもハイカロリーな男だ。
    その唯一無二と言っても良い芸は他を一切寄せ付けない圧倒的な物であると俺は思っているのだが、全てにおいて過剰であるが故に「程よい湯加減」が何かと重宝されるメインストリームのメディアからはハミ出してしまいがちな傾向にあるような、そんな怪人物である。

    その過剰なオレンジジャージの人物が2011年から挑戦し始めたのが、英国スコットランドの街エジンバラで毎年8月に開催される、世界三大演劇祭のひとつでもある「フリンジフェスティバル」への参加だ。

    現地の客の前でたった一人、約一ヶ月間毎日、全て英語のネタを一時間みっちり披露する。死闘だ。

    連日、異国の地で死闘を繰り広げ、そして帰国してから国内の凱旋ライブでその日々の挑戦の結果をこれまたみっちりと2時間以上、ハイカロリーなトークを駆使したエンタテインメントに仕立て上げて披露する。

    その際に舞台上で流されるオープニングやドキュメント映像の制作などを俺が担当しているのだが、さすがに現地まで行って撮影までするのは難しい。
    俺には他の様々な仕事があるし、なによりもヨーロッパ圏への旅費はとても高く、映像制作のギャラだけでは赤字になってしまうからだ。
    そこで仕方無く、2011年のライブではカメラを託して現地で本人になんとか自分で撮影して来て貰い、その映像素材を帰国後に受け取って編集するという手段を取った。
    この方法でなんとか舞台映像は制作出来、本番でも充分な演出効果を得る事が出来た。

    2012年も、同様の方法で乗り切れるだろうという事になり、渡英前にビデオカメラ用のメモリーカードを大量に用意してコンパクトな三脚等と一緒に託した。
    8月に入り、コメディアン本人から「毎日大変だが、なんとか撮影も自分でやっている」との現地報告が連日のように入って来た。

    しかし実は俺には秘密の計画があった。
    8月も後半に差し掛かったある日の朝、俺は成田空港に向かっていた。
    最終目的地はもちろん、英国エジンバラだ。


    コメディアン本人には内緒のままの旅立ちだ。
    「行きますよ」などと言ったら本人に油断が生まれ、連日必死に自分撮りしている映像が疎かになる可能性があるというのが表向きの理由だが、
    なによりも「エジンバラの街角に突然俺がビデオカメラ構えて現れたら、さぞかし驚くのではないだろうか」という小学生レベルのイタズラ心が抑えられなくなってしまったのだった。
    ずいぶんと金のかかるイタズラだ。

    ふと思い立ってネットで航空券を検索したのは8月も直前になった頃。
    アジア旅行の価格に慣れきってしまった自分には正直、途中何度も「やっぱ、やめようかな」と思う程にどれもこれも高かったが、深夜の酒の勢いもあり、最終的には航空券の購入ボタンを押してしまった。
    ついでに、全く知識の無いエジンバラについての現地情報も仕入れようと思ったのだが、検索方法が下手だったのか、なぜか「珈琲貴族エジンバラ」という新宿歌舞伎町にある喫茶店について詳しくなる一方だったのでこれは途中で止めた。

    そんなこんなで本人はおろか、俺の身の回りのほとんどの人達にも秘密のまま、俺はこっそりと日本を発つ事にした。
    せっかくのイタズラである。TwitterやらFacebookやら、今はどんな経路で情報が伝わって台無しになってしまうかわからないから慎重に行動せねばならない。

    成田空港でのチェックインも無事に済ませ、搭乗までの2時間ばかりをどう潰そうかと思案する。
    全く興味の無い国への旅という事で、荷造りも適当に済ませて来てしまった。
    適当に済ませ過ぎたあまり、エジンバラに関する地図の類を全く持って来ていない事に気づき、空港内の書店に駆け込みガイドブックを購入。
    ベンチに座ってパラパラとめくり、この時になって初めてエジンバラという街がイギリスのどのあたりに位置するのかを知るという体たらく。
    ガイドブックには「中世そのままの古都の風情」「優雅な街並」等々、俺の心の琴線にはまったく触れる事のないステキな惹句の数々が並ぶ。
    この期におよんでも全く興味が湧かないが、それでもまあ、行ってみれば何かしらあるのだろうか。

    飛行機はオランダ航空で、アムステルダム経由でエジンバラへ。アムステルダムまでのフライトは約12時間、乗り継いで、エジンバラまで約2時間。
    窮屈なエコノミーシートの窓側座席に乗り込み、「この狭いスペースに挟まったまま12時間か」と軽く憂鬱な気持ちになっているうちに、やがて飛行機は離陸した。

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    寝たり起きたり、可も無く不可も無い機内食をモサモサと食ったりして狭い空間で蠢いているうちに、飛行機は定刻通りエジンバラ空港に到着した。
    初のイギリス上陸に若干緊張しつつ、入国審査の列に並ぶ。
    「イギリスの入国審査は厳しい」とは聞いているが、必要最低限をはるかに下回るレベルの英語力しか無い俺としては、黙って笑顔で突っ立ってるだけでなんとなく通してくれる事をただ願うばかりだ。
    何か余計な質問などされないだろうかとドキドキしつつ列の前方を見ると、白人黒人黄色人種分け隔て無く、次々と問題無くスムーズに審査を通過している。
    俺はガイドブックの「入国審査、これさえ覚えておけば大丈夫!」のページに書いてあった記事に従って、「観光です」「六日間です」「○○ホテルに宿泊します」の三項目をモゴモゴと復唱しながら順番を待った。
    俺の前に並んでいた白人のご婦人が数秒で何事も無く審査を通過し、いよいよ俺の番が来た。
    カウンターの中にいる審査官のおばちゃんは俺のパスポートを一瞥し、言った。
    「旅の目的は?」
    それ来たぞ。ガイドブックに書いてあった通りだ。もちろん俺は自信満々に、胸を張ってこう答えた。
    「観光である」
    するとおばちゃんは続けて言った。
    「この街の何を観に来たの?」

    予想問題に無かった質問を受け、狼狽しつつ答える。
    「フ、フリンジフェスティバルを」

    「フリンジフェスティバルの何を?」

    いじめかと思う程に矢継ぎ早に質問されて、俺のつたない英語力では早くもついて行けなくなって来た。

    「友達私の出るのねフリンジふぇすティバル。観に来たそれを私こそが本日も」

    文法的には最早完全に崩壊しているのだが、なんとか意味は通じているようだ。だが、おばちゃんは無慈悲にも次々と質問を繰り出して来るのだった。

    「その友達は何人なの?」

    「私日本人友達日本人」

    「あなたの友達はフリンジフェスティバルでどんな事をやるの?」

    「それは面白かしい事話す友達だが客の前で笑わせるコメディそれでそれから」

    「どんなコメディ?」

    もう勘弁してくれという気持ちになった俺は背中のリュックサックを降ろしながらおばちゃんに「チョト待てネ」と言い、荷物の中をガサゴソ探って一枚のカラーコピーを取り出した。
    コメディアンの現地でのフライヤーである。
    オレンジジャージにリーゼントの日本人中年男性が、片手に拳銃、片手にバナナを持って不敵な笑顔でポーズを決めている無駄にギラギラしたフライヤーだ。

    「こんなコメディ!」

    目前にグイと差し出された妙なフライヤーを見て、さすがのおばちゃんもたじろいだ様に見えた。
    そして関わるのが面倒くさくなったのか、おばちゃんはパスポートにバツンとスタンプを押しながら言った。

    「・・・もういいわ。通りなさい」

    緊張が解け、フーと息を吐いてふと周りを見れば、いくつもある他の入国審査カウンターにはもう誰もおらず、ガランとした空間の中で俺とおばちゃんだけが延々と問答を繰り返していたのだという事がわかった。
    なんだか納得が行かないまま一人寂しく通路を進み、バゲッジクレームに辿り着くとそこにも既に誰一人としておらず、広大なスペースの中、ベルトコンベアの上で俺のスーツケースひとつだけが、哀し気にぐるぐるといつまでも回り続けていた。


    到着早々、なんだか幸先の良いスタートだなと思った。



    〜次週に続く〜

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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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