オレンジエジンバラ 〜3〜

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    前回前々回からの続き〜


    「この街のどこか」でショーのフライヤーを配っているであろうコメディアンを探しに、エジンバラの街の中心部に向かった。

    向かったは良いのだが、いかんせん唯一の情報は「この街のどこか」である。
    数時間前に到着したばかりの異国の地で、そんな頼りない情報のみで一人の人間を探し出せるものだろうか。

    18_yokoku.jpg

    宿を出て石畳の坂道を延々と歩き、街の中心の目抜き通りに出た。
    フェスティバル期間中、目抜き通りは交通規制されて歩行者天国になっている。
    そこでは連日沢山の大道芸人や観光客が集まりごった返している。
    街にあるあらゆる劇場、パブ、カフェなどが演劇祭の会場となっており、その会場数は数百にも上る。
    各会場でのプログラムはタイムテーブルで別れており、一会場に数組の演者が毎日公演を行っている。
    つまり数千人のパフォーマーがこの街に結集しており、一日数百という演目が上演されているのだ。

    数キロ続く目抜き通りでは一人でも多くの客を呼び込もうとパフォーマーがそこかしこで必死にフライヤーを配っており、まさに戦場である。
    そんな大通りを数往復してコメディアンを探してはみたのだがやはりそう簡単には見つからなかった。
    仕方無いのでなんとなく人の流れがありそうな脇道に逸れていくつかの通りを散策してみたのだが、やはり手がかりも何も無い。
    そんな感じでウロウロしているうちに持ち前の方向音痴の才能を存分に発揮した俺はあっという間に道に迷った。
    周囲は相変わらずワチャワチャと大勢の人々でごった返しており、道端では大道芸人が火を吹いたりジャグリングをしたりと印象としては同じ様な雰囲気の通りが続いてはいるのだが自分が今、街のどのあたりにいるのだろうかという事が全くわからなくなった。
    俺は地図を出そうとリュックサックの中をまさぐったのだが、その時になって地図の類を全て宿に置いて来てしまった事に気づいた。

    18_02.jpg

    そうこうしているうちに雨が降り出して来て、さきほどまであんなに賑やかだった通りからはサッと人影が引いて行った。
    とっぷりと日は暮れて、雨。現在地不明。地図は無し。
    そのまま2時間ばかり歩き回り疲れ果ててしまったのだが、街角に市街図の看板が立っているのをを見つけて一安心。
    市街図にはいろんな通りの名前が書いてある。○△×ロード、◆□◆ロード、○○○ロード、なるほど、ロードの数が多いのはわかった。
    で、俺が市街図を見ているこの場所はいったいどこなんだ。
    しかし端から端までくまなく見ても、市街図には現在地という物が示されていなかった。
    「これじゃ意味ねえだろがよ!」
    思わず声に出してしまう。一度声に出してしまうと怒りは勢い付いてしまう物で、
    「しかも、英語でしか書いてねえしよ!」
    スコットランドの地で、こんな理不尽な言葉さえも吐いてしまう。

    その後、疲労もありどんよりと歩いていたら、道端に立っていた大柄な警察官が突然俺の方にノシノシと近づいて来て、そして言った。

    「君はどこへ行くのかね」

    ソコソコの英語力があればここで全ての問題が解決するまたとない局面なのだろうが、空港での入国審査、そしてホテルでのチェックインで己の英語力の無さにほとほと参っていた俺である。
    この場は何事も無くやりすごす為

    「○△×ロードへ」

    と、先ほどの市街図で見てなんとなく記憶に残っていた通りの名前の一つを適当に出してそのまま通り過ぎようとすると

    「待ちなさい、○△×ロードに行くならこっちだ」

    と、警察官は真っ暗で狭い路地を指差しながら言った。

    「この道をまっすぐ進むと階段がある。それを下りて、左に曲がって右に曲がってああ行ってこう行って・・・」

    途中からもう話を聞いてなどいなかったのだがとりあえずウンウンと頷いて、警官によるひとしきりの説明が終わった後、サンキューと礼を言い、俺は諦めて真っ暗な路地に入った。
    背中には警察官の視線を感じる。直進以外の選択肢など無い。絶望的な気持ちになりながらひたすら真っ暗な道を進んで進んで、その先にあった真っ暗な階段を降り、真っ暗な角を曲がりまた曲がり・・・

    そして俺は、本格的に迷子になった。

    18_03.jpg



    どれくらい歩いただろうか。
    消えかかった街灯でうっすらと頼りなく照らされた、全く人通りの無い裏通り。
    先ほどの雨で濡れた石畳の路面がわずかにヌメヌメと光っている。
    10m先はもう完全な暗闇。暗闇の奥からは姿の見えない野良犬の遠吠えが聞こえて来る。
    捨てられた新聞紙が風に舞い、闇から現れてまた闇へと流れ消えて行く。
    映画だったらここらでバチバチッと音を立ててプラズマの閃光が炸裂し、素っ裸のアーノルド・シュワルツェネッガーが現れるに違いない。

    最早自分がどの方向から来て、どの方向へ向かっているのかなどわからない。
    目的も忘れ、俺はただただ歩いていた。ただただ歩く。それだけが目的であるかのように。
    あと一時間ほどしたら、いま街のどこかにいるであろうコメディアンのライブが、街のどこかにあるのであろう会場で、今日も始まるのだろう。
    同じ街の裏通りで俺が道に迷って彷徨っている事など、誰も知らないままに。
    はるばるやって来た早々、俺は今、この国で何をやっているのだろうか。
    目の前には人通りの無い薄暗い道が遥か先まで続いている。

    「イギリス、大っ嫌い」

    異国の街の寒々しい景色を見ながら、そんな言葉が思わず口からこぼれてしまった。

    路地に迷い込んだ後、更に一時間は歩いた。裏通りから裏通りへ。ここはどこだ。
    宿に戻れるのかどうかも怪しくなって来た。いざとなったら、そこらの建物の、雨がしのげそうな軒先をみつけて、うずくまって朝を待とう。夜中は少し冷えるかもな。
    などと考えつつ腐りに腐って歩いていると、横に伸びている暗い小道、というよりもむしろ「隙間」の先に、仄かな灯が見えた。
    幅にして60〜70cm、長さ15mほどの、建物と建物の間の空間のその先に、人が行き交っている明るい通りが見える。
    俺は迷わずその隙間に飛びこんで、真っ暗な中を夢中で進んだ。途中、なにかグニャリとした物を踏んづけたり、暗闇の中で何らかの生物がガサガサと壁を這う音が聞こえたりしたが構わずに光に向かって無我夢中で進んだ。

    色々な物を蹴散らして進み隙間から出ると、そこは見覚えのある、目抜き通りへと続く賑やかな小道だった。
    突然建物の隙間から飛び出して来て、思わずガッツポーズを決めているアジア人を、道行くスコットランド人が怪訝な顔で見ていた。

    要は数時間前と同じ状態で「振り出しに戻った」という事なのだが、少なくともここから宿までの道のりはわかる。
    「これで野宿の心配は無くなった!」といういささか低いレベルでの達成感に満足し、もう今日の捜索は諦めて宿に帰ろうと歩き出した。

    もう迷わない様、わかりやすい大通りを選んで選んで慎重に歩いていたら、はるか先、たくさんの人ごみの中にひときわ派手な色がチラリと見えた。
    全身オレンジ色の怪人物が、遠くからこちらへ向かって来るではないか。

    俺は物影にサッと身を隠し、リュックサックからビデオカメラを取り出した。

    カメラを構えて再び通りの先を見ると、やはり上下オレンジのジャージ姿のコメディアンが、こちらに向かって歩いて来る。
    録画ボタンを押し、道端で仁王立ちのままじっと撮影を続けてみる。

    18_04.jpg

    10数メートル先、自分が撮影されている事に気づいたコメディアン。明らかに警戒した表情でこちらを伺っている。
    身構えながらジリジリと近づいて来て、2mほどの距離まで近づいた瞬間、俺だと言う事に気づいたようだ。
    そして驚愕の表情で叫んだ。

    「何してんだよオイ!!」

    こちらが予想した以上の驚きを見られたので、どうやら旅の第一目的は無事達成されたようだ。
    しかしその直後、こちらの苦労も知らずにコメディアンはとんでもなく無神経な一言を発した。

    「全っ然、来なくても大丈夫だったのに」

    いまこの道端から日本行きの直行便が出発するとしたら、俺は即座に乗り込むだろう。
    限りなくゼロに近づいたモチベーションをなんとか鋼の意思で支えながら、コメディアンと共にライブ会場に向かう。

    18_05.jpg

    会場は、町外れのパブだった。
    ちょっと先までは目抜き通りの喧噪があるというのに、わずかに離れたこの会場周辺は人影もまばら。
    少なくともフェスティバル目当てでやって来た観光客は一切近づかないような、そんな場所にある店だった。

    ちなみに会場から街の中心に向けて一つ先の交差点にあるパブの名前は「Worlds end」。世界の果て、である。
    なぜこんな店名なのかと言えば、昔、エジンバラの街はここまでしかなかったのだそうだ。つまり、ライブ会場の店は「世界の外側」なのだ。
    こりゃ探しても見つからないわな、と軽く納得したのだが、果たしてこんな場所に観客など来るのだろうか。

    会場に荷物を置いたコメディアンはすぐさま店の外に飛び出し、客引きを始めた。
    道行く人々の中からハイエナのような嗅覚で獲物を定め、物凄い勢いで突進して話しかけ、無理矢理フライヤーを押し付けている。
    相手は明らかに困惑しているがそんな事はお構い無しだ。
    そんなこんなで20分ほど。そろそろ今夜のショーの時間が近づいて来た。
    通りの向こうから、道端で捕まえた通行人の袖を引っ張ったままこちらに向かって来るコメディアン。
    そのまま店に入り、奥にあるライブ会場へ客を連れて行き、客を椅子に座らせるや否やそのままライブが始まる。

    世界の果ての、ちょっと外の会場だが客席はほぼ埋まっていた。
    なんだかわからない異様なエネルギーをまき散らしながら、約一時間のショーは終わった。

    18_06.jpg

    終了後、店のカウンターで軽くビールで乾杯。明日以降の撮影予定などを相談して宿に戻る事にした。

    帰る道すがら、腹が減ったので道端の店でフィッシュアンドチップスをテイクアウトで注文した。
    言わずと知れたイギリス名物。山盛りのフライドポテトの上にドデンと乗せられた白身魚のフライである。
    宿に帰ってそれを貪り食った。
    これと言って美味くは無い。だが不味くも無い。相変わらず面白みの無い食事だ。
    面白みは無いが、ボリュームだけはソコソコあったので腹は満たされた。

    18_07.jpg

    フウと一息つきテーブルの隅をふと見て俺は愕然とした。
    ビニール袋の中に、昼間に買ったローストチキン、ターキー、チーズなど、大量の肉類が残っている。
    この部屋には冷蔵庫が無いのでなんとかしてこいつらを今日中に全て食ってしまわねばならなかったのだ。

    揚げ物で満腹になった腹に、更に大量のチキンとターキー、そしてチーズをギュウギュウと押し込んだ。
    物凄く疲れていたので一秒でも早く眠ってしまいたかったのだが、肉類を片付けるまでは眠るわけにはいかない。美味くも不味くもない肉類をただただ口に押し込みひたすら飲み込むという作業を繰り返してエジンバラ最初の夜は更けて行った。

    そして俺は思った。


    「やっぱり、イギリス大っ嫌い」


    まだ初日である。明日からの事が思いやられた。


    〜次回、エジンバラ編たぶん最終回に続く〜


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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