夜明けの決意

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    左膝の半月板を負傷してから2ヶ月ちょい。

    道場での練習もユルリと再開し、
    日常生活にもまあ大きな支障は無いっちゃ無いのだが、梅雨時になってからというものの雨の日などには地味にシクシク痛むようになり、とりわけ階段の昇り降りには難儀している。

    おかげでどうにも外出が億劫になってしまい、家に籠りがちな今日この頃。
    我家はエレベーター無しのマンション4階にあり、日々のゴミ出しすらもサボり気味になり、部屋の中はいつにも増してゴミだらけだ。
    そんなこんなで膝の痛みを言い訳にしてグータラと過ごしていたら順調にブクブクと太り始め、あれよという間に体重が過去最重量を記録してしまった。

    こうなってくるとさすがに「ダイエット」の5文字が浮かんで来るわけだが、これがまあなかなか簡単には行かないもので。
    こと食い物に関してはガラスの如く意志が弱い俺である。相当の覚悟を決めてエイヤッと短期集中的にやらないととてもじゃないが体重は落とせない。

    「ファスティング」というものをご存知だろうか。
    これは要は断食の事で、三日間、「野菜果物やらあれこれを発酵させたかなんだかでどうにかした専用のジュース」小瓶1日1本と水以外は一切口にせず過ごすというものだ。
    俺は5年前、肩鎖関節を負傷してしまった際に痛みであまり動き回る事が出来ず、そしてたまたま仕事のスケジュールも空いていた事もありこれは良い機会とばかりにこのファスティングに挑戦した。

    21_01.jpg

    本来であれば三日間の断食の前には数日間「粗食」を中心とした食生活を送る準備期間を設けて徐々に身体を慣らして行くものらしいのだが、俺は「明日から断食!」と、前日の夜に急に思いつきで決めたので全く準備期間を取らなかったどころか、「夜が明けるまでは今日だから」と、始める前から独自ルールを勝手に適用し、深夜営業のラーメン店に駆け込んで豚骨醤油ラーメンにガッチョリとニンニクを入れて思う様すすりこんだりもした。

    「明日から断食ダイエットだから、いまのうちにお腹いっぱい食べておかないと」

    この時点で既に色々と間違っているのだろうが、いかんせん思いつきで始めた事なので致し方無し。
    テラテラと顔に浮き出す豚脂と満腹の満足感に包まれながら眠りにつき、翌日目覚めた瞬間からファスティングがスタートした。

    ファスティング期間中は食事の代わりに日に三度、前述のジュースを水で薄めて飲むのだが、これがまあえらい事不味かった。
    茶色くドロリとした液体は濃厚な甘さで、例えるならば子供用風邪薬のシロップを更に煮詰めた様な、そんな味だった。
    そんなジュースの不味さにだけは辟易したが、1日目、2日目は、想像していたよりは苦もなく日中を過ごす事が出来た。
    しかし夜、布団に入ってからが辛かった。次々と食べ物のイメージが洪水の様に目の前に浮かんでは消え、なかなか寝付けないのである。
    そして代謝を上げる目的もあり水をガブガブと大量に飲むのでトイレが近い事この上なかった。
    嗅覚が非常に鋭敏になり、どこからか風に乗って漂って来るちょっとした食べ物の匂いがいちいち気になってしまう事にも少々困った。
    当時住んでいたマンションの一階には全て飲食店が入っており、その中の一軒である和食屋から漂ってくる鰹出汁の良い香りにはなかなかに悩まされた。

    さすがに辛かったのは3日目だ。
    とにかく腹が減って腹が減って仕方無い。
    空腹を少しでも紛らわせようと近所の公園を散歩したりしたのだが、池にプカプカと浮かぶ鴨をぼんやり眺めていてふと気づくと「どのような調理法で食ってやろうか」と思いのほか長い時間真剣に考え込んでしまっていたり、子供が鳩に向けて「ポン菓子」を蒔いている姿をじっと凝視してしまい母親に警戒されたりしてしまった。

    当時の記録によると、

    "中学生の集団がランニングをしていたが、「ドボルザーク! イェーイ!」 という掛け声をかけながら走っていた。流行っているのだろうか。"

    "お爺さんが「カースト制度はスカートだ! 末広がりだ! 不可触賤民なれど解放の虎!」 と繰り返し大声で怒鳴りながら歩いていた。"

    等々、これは最早、幻覚幻聴の類ではなかろうかという記述が残されている。

    最後の夜がとんでもなく辛かったのは今でも覚えている。
    腹が減り過ぎ、食べ物の事ばかり考えてしまって寝付く事が出来ないままに朝を迎えてしまった。
    気を紛らわせようとテレビをつけたら、ラッシャー板前がどこかの港で地元の漁師に作って貰った鍋をウホウホ言いながら美味そうにがっついていて無性に腹が立った。

    腹を立てているうちにやがて力尽き、午後になって目を覚ました。


    三日間に渡る断食を完遂した達成感は正直薄かったが、ようやくメシが食えるという喜びはひとしおだった。
    ヨロヨロと布団から起きあがった俺は、たっぷりの鰹節で出汁をとり、豆腐の味噌汁を作って五分粥と一緒にゆっくりと時間をかけて食べた。
    三日振りに口にしたメシは即座に体中に吸収されるように染み渡り、
    つくづく日本人は「米と味噌汁」だなあと心底思った。

    三日間、毎夜様々な食べ物のイメージに悩まされ続けた。
    ラーメン、焼肉、寿司、カレー、好物が次々と現れては消え、俺の眠りを妨害したのだが、日を追うごとに徐々に「本当に食べたい物」だけが選抜されるようになった。ステーキ、トンカツ、牛丼・・・。優勝候補の強豪達がひとつ、またひとつと消えて行った。
    最後の夜、俺の中に残った「食べたい物ベスト1」は、意外な事に焼肉でもラーメンでもカレーでもなく、「たまごかけごはん」だった。

    本来であれば三日ほど柔めに炊いた粥だけで過ごし、徐々に胃腸を回復させて行くべきなのだそうだが、我慢しきれず夜には普通に白飯を炊いて、ホッカホカのメシの上にポトリと生卵を落とし、醤油を回しかけた後に箸先でユルリと黄身を崩してメシと軽く混ぜ、ハフハフ言いながら一気にかっこんだ。

    涙が出そうな程に美味かった。

    21_02.jpg

    結局、三日間の断食で体重は-3kg、ウエストサイズは-8cmだった。
    準備期間も設けずに始めた事もあり「まあ、こんなもんかな」という数値ではある。
    体重の増減よりも、三日間のデトックス効果というか「汚れたペットボトルに水を入れてシャカシャカとすすいだ様な感覚」が清々しかった。


    今月末であれからちょうど5年になる。
    5年前、ファスティングを始める前の「太ってきたな」と思った時点の体重よりも、現在は更に8kgほど増量してしまった。

    そろそろまた、あの荒行に挑戦しなければならないのかも知れない。
    ここ最近の、心身共にたるんだ己に喝を入れるべく、鋼の意思を持って今こそ新たなる戦いに臨まねばなるまい。


    と、餃子専門店でメニューにある餃子を全種類制覇し、帰宅して夜通し散々酒を飲んだ後のシメに山盛りのカレーライスを食べながら決意するそんな朝なのだった。


    たぶん一回寝て起きたらそんな決意は忘れていると思うけど。


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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