ヒルタくんとマリモ

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    先日、布団の中からぼんやりとテレビを眺めていたら旅番組で北海道の特集をやっており、「マリモ工場」なる物が紹介されていた。

    「工場」と呼ぶには少々こぢんまりとした部屋の中で4、5人のパートのおばちゃんが、
    材料として仕入れた藻をケースの中からつまみ取っては手の平でゴシゴシと丸めてマリモを作っていた。
    おばちゃんたちが日々せっせと作業台の上で丸めた物が小瓶に入れられて、それらが後日土産物屋の店頭に並ぶのだそうだ。
    「本物のマリモは、特別天然記念物ですからね」
    そりゃまあそうなんだろうけど、堂々とテレビで言ってしまうってのもなんかこう、身もふたもない感じがしたのだがそれはさておき。
    俺がマリモで思い出したのは「蛭田くん」の事だ。

    蛭田くんは俺の小学校時代、四年三組の同級生。
    坊主頭につぶらな瞳、厚く立派な「タラコくちびる」の持ち主で、しもぶくれ。
    そのルックスは鴨川つばめの漫画「マカロニほうれん荘」に出て来る登場人物「きんどーさん」にそっくりだった。

    俺は蛭田くんとは特別に仲が良かった訳でもなく、休み時間に他の数人のクラスメイトと一緒に普通に会話したりはしゃいだりする程度の仲で、放課後などに一緒に遊んだ記憶は一切無い。

    俺がもっぱら放課後に一緒に遊んでいたのは、今にして思えば笑っちゃうほどボロッボロかつ狭い長屋に家族6人と数匹の猫とでギュウギュウ状態で住んでいた藤崎くんや、マグロの加工工場の息子であるチリチリ天然パーマの石神くんだった。

    藤崎くんはニホンザルにそっくりな顔をしていて釣りが得意。いつも紫色のジャージを着ていた。藤崎くんの家では玄関先に置いてある水槽でピラニアを飼っており、遊びに行くといつも自慢げに見せてくれた。
    「こないだ兄ちゃんが指の先っぽを丸々食われちゃったんだよ」
    港の岸壁で並んで釣糸を垂れながら、そんな不幸な出来事を何故か得意満面で話してくれたりした。
    藤崎くんが当時作詞作曲したオリジナルソング「鼻くそ万金丹」は30年以上経った現在も尚、俺の心のフェイバリットソングBEST3連続ランクイン記録を更新し続けており、我家のソファーにはそれを記念して一箇所だけ他とは布地が違うルビー色のシートがある。もちろんそれは嘘だが今でも時々家で歌っているのは本当だ。

    石神くんはマグロの粕漬け工場の長男で、いつも緑色地に白ラインが二本入ったジャージを着ていた。面長の輪郭にチリチリ天然パーマの風貌は緑色ジャージと相まって「トウモロコシ」にそっくりだった。
    学校行事の社会科見学で日帰りバスツアーに行った際はバスの席が隣同士になり、「早起きしたからすごく眠い」と言う石神くんを眠らせまいと、俺はバスの中で1秒の隙間も無くどうでもいい事を数時間に渡り話しかけ続けていたら突然「トウモロコシ」が噴水の如く盛大なゲロを吐いてバスの中が大パニックになった。
    俺は石神くんが吹き出した甘酒の様な色の飛沫を浴びながら「あ、そうか、石神くんは朝食に家の工場で作った粕漬けを食べて来たんだな」と何故か冷静に納得していたのを今でも良く覚えている。

    蛭田くんに関しては「きんどーさんに似ている」という印象くらいしか当時から持っていなかった。
    蛭田くんの着ていたジャージが何色だったかは全く覚えていない。

    蛭田くんは学期の途中、中途半端な時期に唐突に転校して行った。隣町の小学校に。
    隣町は自転車でせいぜい10分足らずの距離である。今にして思えばそんな近距離で転校する必要性も無いしきっと何らかの事情があったのだろうが、ともかく蛭田くんはある日突然、隣町の小学校に転校してしまった。
    クラスの中では特にこれといったセレモニーも担任教師からのアナウンスも無いままに、ある日唐突に蛭田くんは居なくなった。居なくなったが特に何の変わりもなく四年三組の日常は続いて行った。

    蛭田くんが居なくなって半月ほど過ぎたある日曜日の早朝、鼻提灯を出してグースカ寝ていた俺は母親に叩き起こされた。
    「お友達が来てるよ」
    眠い目をこすりながらパジャマのまま玄関先に出て行くと、そこには蛭田くんが居た。
    「あそぼう!」
    「きんどーさん」にそっくりな顔でニコニコしながら蛭田くんは言った。
    「自分の家に友達を呼ぶ」という習慣が無かった俺は少々戸惑いながらも蛭田くんを居間に上げ、どうしたら良いのかわからないまま二人でボンヤリとテレビを観ていた。
    蛭田くんは部屋の中をキョロキョロと見回し、目についた物すべてをいちいち誉め称えた。
    「あそこにある、煙草の空箱だけで作られた大名行列はすごい!」
    「テレビの上の瓶に小銭が一杯詰まってる!きれい!」
    無理矢理褒められる事によってむしろ親の微妙なインテリアセンスを炙り出されたような気持ちになり、幼心になんだか居心地の悪さを感じた。
    そんな中、蛭田くんが最も食いついたのが「マリモ」だった。
    居間の棚の片隅に置かれていた、いつだか親が誰かに貰って来た北海道土産「マリモ」の小瓶である。
    「マリモだ!これは凄い!」
    「マリモはね、北海道の阿寒湖だけにしか居ないんだよ」
    「天気の良い日に、マリモは呼吸をしに水面に上がってくるのさ」
    「マリモは子供を産んでどんどん増えるんだよ」
    「偽物も多いけど、このマリモは正真正銘の本物だよ!」
    何故だかよくわからないが、蛭田くんは我家では一度たりとも脚光を浴びた事の無かったお土産マリモの小瓶を絶賛し始めた。
    俺は興味の無さと眠さから、「ふーん」と、寝そべって適当な相槌を打っては欠伸などしていたのだが、蛭田くんのある一言で目が覚めた。

    「マリモはね、とても美味しいんだよ」

    肥満児で、食べる事にしか興味の無かった俺はガバッと起きあがった。
    「え、マ、マリモって食えるの!?」
    「食べられるよ。すごーく美味しいんだよ」
    「どんな味!?」
    「えーとね、ミートボールみたいな味!」
    「すげー!マリモ、すげー!」
    蛭田くんの一言に狂喜した俺は立ち上がり、早速マリモの小瓶を開けようとした。
    しかし興奮気味の俺をたしなめる様に蛭田くんは言った。
    「マリモが子供を産んで、増えてからにした方がいいよ。いっぱい食べられるじゃん」

    俺は納得し、しばらく待つ事にした。
    「うーん、そうだね」

    蛭田くんは再び部屋の中のよくわからないインテリアを誉め称え始め、テンションも下がって退屈した俺はいつの間にか眠ってしまった。
    目を覚ましたら蛭田くんはもう帰った後だった。

    翌週の日曜日の早朝、母親に叩き起こされた。
    「またお友達が来てるよ」
    眠い目をこすりながら出て行った玄関先には、蛭田くんが居た。
    「あそぼう!」

    今週も蛭田くんは、居間にあるいろんな物を片っ端から誉め称え始め、俺はテレビを眺めながらその称賛の言葉をぼんやりと聞いていた。
    聞いているうちに、なんだか面倒臭くなって俺はまた眠ってしまった。
    目が覚めたら蛭田くんは居なかった。

    翌週の日曜日も、蛭田くんは朝早くからやって来た。
    「あそぼう!」

    パジャマのままでぼんやりと座っている俺の横で、蛭田くんはマリモを絶賛し始めた。
    「これは凄いよ。滅多にないよ」
    「きっとそのうち、子供産んでたくさん増えるよ」
    そんなどうでもよい称賛の言葉の傍らで俺はボンヤリしつつも、先日蛭田くんから聞いた「マリモはすごく美味い」に関する妄想を膨らませていた。

    丼に盛られたホッカホカご飯の上に、直径5cmほどの、鮮やかな緑色のマリモがいくつもゴロリと山程載せられている。その上からは真っ赤なケチャップソースがたっぷりとかけられている。
    湯気を立てているマリモの一つを箸で真ん中からホクホクッと割ると、表面を緑で覆われたマリモのその中心部は熱々の肉汁たっぷりのジューシーなミートボール!


    改めていま思えば気色悪い事この上無いビジュアルなのだが、当時の俺はこんな物を想像しては口の中をヨダレで一杯にしていた。
    ヨダレにまみれた俺の横で、唐突に蛭田くんは自作の歌を歌った
    「北海道の〜♪めーいさーんマ・リ・モ!」
    独特の節が付けられたとても短い歌だった。
    小学四年生の基準からしてもキャッチーさもポップさも弱く、なんだかケツがむずむずするような「出来てない」歌だった。

    蛭田くんは転校先の学校での話は一切しなかった。特に理由はなかったが、なんとなく俺も学校の話はしなかった。

    蛭田くんは何度も何度も繰り返し自作の不出来な「マリモの歌」を歌っていたのだが、俺はまたいつの間にか眠ってしまった。
    目覚めると蛭田くんはいなかった。

    翌週の日曜日の早朝、母親に起こされた。
    「また、お友達が来てるよ」
    眠い目をこすり、玄関先の蛭田くんの元へ。
    居間に上がるやいなや、蛭田くんは歌った。
    「北海道の〜♪めーいさーんマ・リ・モ!」
    俺はこの日、すぐに眠ってしまった。
    目が覚めると蛭田くんはいなかった。


    翌週の日曜日の早朝、起こしに来た母親に俺は言った。

    「居ないって言って」

    俺はそのまま眠った。

    翌週も翌々週も、蛭田くんは訪ねて来た。
    でも俺は眠かったし面倒臭かったので居留守を使った。


    そして蛭田くんは訪ねて来なくなった。

    数ヶ月して、居間に置いてあったマリモは子供を産んで増える事など当然無く、ドロリとした茶色い物体になって小瓶の底に沈殿した。
    あれから30年以上経つが、いまだ「マリモが食える」という話は聞いた事が無い。

    転校して行ったばかりの蛭田くんがどうして毎週日曜日に俺の家に早朝から遊びに来たのか、今にして思えば物凄く気持ちが良くわかるような気もするのだが、
    言葉にはし難い「色んな気持ち」になってしまいそうなのであまり深くは考えない様にしている。

    「きんどーさん」の漫画内での設定年齢は40歳だそうだ。同年代になってしまった蛭田くんには今もどこかで「きんどーさん」にそっくりな顔でニコニコしていて欲しい。

    ちなみに蛭田くんの作った「マリモの歌」は今でもはっきりと覚えているのだが、俺の心のフェイバリットソングBEST3にランクインした事は、残念ながら一度も無い。


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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