ミミズの背中は羊が癒す

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    皆さんは、鞭打の刑に処せられた経験がおありだろうか?

    少なくとも日本国内に於いては、特別な性癖でも持っていない限り日常生活の中で「鞭で打たれる」などという機会はなかなか無いだろうとは思う。

    俺はつい先日、久々にミミズ腫れが出来る程に派手に鞭打たれた。
    と言っても、何か特別な性癖を持っているという訳では無い。

    世の多くの皆さんと同じく俺は極めて平均的な人間なので、
    せいぜいがお気に入りのランジェリーだけを身につけて夜な夜な近所の雑木林に繰り出して恍惚の表情で樹液を舐め、その姿をセルフタイマーで撮影し手作り写真集を作っては見知らぬ人の住所に送りつけて反応を想像して興奮するという、そんな程度の平凡な性癖しか持ってはいない。

    そんな事はさておき、
    先日、通っている格闘技道場で帯の昇格式があった。
    俺が嗜んでいるブラジリアン柔術という競技では修得度合に応じて白、青、紫、茶、黒と帯色が別れており、帯制度を取り入れている様々な競技の中でも昇帯が難しい競技の一つとされている。
    各道場によって昇帯の基準は様々であり個人の修得スピードもそれぞれではあるのだが、白帯で始めて黒帯になるまで平均してだいたい10年程かかると言われている。
    そんな競技なので、一段階でも昇帯した際の喜びはひとしおであり、周囲の祝福も盛大である。

    今回、最近行われた大会において優秀な結果を残した数名がそれぞれの帯色昇格を果たしたわけだが、昇格に伴って行われる「帯叩き」なる儀式がある。
    これは道場生一同が各々巻いている帯をほどいて手に持ち、昇格した者を囲んで皆で鞭の如く帯を振り下ろし叩いて祝福するという、この競技独特の少々荒っぽい風習だ。

    もちろん一応みんな分別のある大人なので、荒っぽいとはいえそこはまああくまでも「一応の形式として」ペチリペチリと程よく手加減してお祝いムードを盛り上げるという程度の儀式だ。
    だが中には、悪ノリが過ぎて本気で叩きまくる馬鹿者がいたりする。
    わが道場に於いてもそれは例外ではなく、そして本気で叩きまくる馬鹿どもの先頭にいるのはだいたい俺であるという残念な事実もある。

    その日も俺は「お祝いである」事を大義名分に、逃げ回る昇格者を追いかけ回して思う存分に鞭を振るった。
    悲鳴をあげる昇格者をいつものようにゲラゲラ笑いながら叩きのめした後、予想外の事態が起きた。
    突然、師匠が言ったのだ。
    「実はもう一人、昇格する人がいます」
    道場生一同、なぜか意地悪そうな笑いを浮かべながら歓声を上げる。
    「デニス!」師匠が懐から新しい帯を出しながら叫んだ。
    俺は突然の事に狼狽えたが、雰囲気で全てを察知した。まんまとはめられたのだ。
    どうやら数日前から計画されていたサプライズ企画だったらしく、俺以外の全員が知っていたようだ。
    本来ならば感激するべき場面なのだろうが、俺は瞬時に憂鬱になった。
    毎回の事ながらあれだけ調子に乗って人をぶっ叩きまくった後である。さぞかしこっぴどく仕返しされる事だろう。
    しかも今日はいつにも増して不自然な程に人数が多い。
    人望皆無の俺である。普段の恨みとばかり、凄惨なリンチを加えられるであろう事は火を見るよりも明らかだ。
    しかし逃げる術は無い事を悟った俺は観念して道衣をガバッと脱ぎ、上半身裸になった。

    その後の事は記憶が無い。

    気がつけば、残されたのは赤や紫色に変色しミミズ腫れだらけになった己の背中である。
    おまけに何故だかわからないが、右耳からも血が流れていた。
    俺はなんとか儀式を終える事が出来た安堵感で一杯であり、自分が昇格したという喜びや実感はまだ湧いて来なかった。

    翌日、寝返りを打った際に背中の痛みで目が覚めた。
    一瞬何事かと思ったが、徐々に昨夜の記憶が甦り、ああ、そうか、と思った。
    起きあがって鏡で背中を見ていたら、なんだかようやく自分に対してのささやかなお祝い気分になって来た。

    そんなわけで、かねてから気になっていた都内某所「とある肉」の専門店を訪ねる事にした。
    方向音痴の俺である。ネットで住所店名を検索し、Googleマップで詳細な地図を調べ、表示したパソコンのモニタを携帯電話のカメラで撮るという
    デジタルなんだかアナログなんだかよくわからない手法ではあるが下調べを終えて、電車に乗って肉の店に向かった。
    普段あまり行く用事の無い街の駅に降り立って携帯電話の小さな画面を頼りに少し歩くと、大通りからちょいと脇道に入った所にその店はあった。

    「羊肉料理専門店」

    看板の文字を見て期待に胸を膨らませながら階段を上り、店のドアを開ける。
    奥行きのある店内は、平日の開店間もない時間だった事もありまだお客さんもまばらで落ち着いた雰囲気。

    テーブルに着き、早速メニューを開くとそこはめくるめく羊料理のオンパレード。
    目移りし、迷いに迷いながら数品を注文し、異国のビールを飲みながら待っているとまず目の前に現れたのは「羊のたたき」。
    皿に満遍なく並べられた美術作品のように美しい「ほぼ生」の薄切り羊肉。添えてあるスライスオニオンと一緒に口に入れると、確かに羊独特あの匂いではあるのだけど、今まで知っていたそれとはどこか違う甘くやさしい芳香がスッと鼻に抜ける。
    舌の上で感触を楽しみつつ肉を噛み締めると、シュニュリとした生肉の食感と共に甘味ある肉汁が口の中に広がり、思わず「うめえ!」と声が出てしまう。
    その美味さとビジュアルの美しさに一品目にして完全にノックアウトされてしまった。
    端に添えてあるレタス、タマネギの下に隠れて見えない部分まで、皿一面びっちりと肉が敷かれているのも素晴らしい。
    一口噛み締める毎に、ミミズ腫れになった背中の傷口の一つ一つがまるで新鮮な肉で塞がれて再生して行くかのようだ。

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    続いてスープ代わりに羊肉の水餃子を。トゥルリンとした皮に包まれた餃子に添付のタレをチョイとつけて口に放り込めば、中から溢れ出た肉汁とシンプルな塩味のスープとが口の中で混ざり合い、絶妙のハーモニーを奏でる。

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    そしてもちろん羊肉料理と言えば外せない、骨付き肉の定番のアレも思う存分に堪能。
    じっくりと燻しを加えられた香味溢れるラムチョップにはチョチョイと岩塩などつけて手掴かみでガブリと喰らいつく。
    ジュックジュクの幸せ汁を口の端からほとばしらせながら一心不乱に骨をしゃぶり尽くしふと我に返り、ベッタベタの両手を口を見て自分が「テーブルマナー」という物からどれだけ遠い場所に居る事かをつくづく考える。

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    そして個人的に一番楽しみにしてた一品が運ばれてやって来た。
    「バングラデシュ風 羊の脳味噌の生唐辛子炒め」である。
    以前、とある音楽家の方から「羊の脳味噌は美味い」という話を伺っていたのでこれは一度どこかで食べねばと思っていたのだ。
    豚の脳味噌は何度も食った事があり、魚の白子に似たトロリとした食感やコク味が俺の好みだったので羊の脳味噌に対してもかねてから非常に興味を持っていた。
    そしてついにご対面。

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    一見キーマカレーの様なツブツブドロリとしたルックスの脳味噌炒め、
    唐辛子、トマトの他に様々な香辛料で味付けされており、口に入れると辛味甘味酸味とスパイスの香りが絡み合った奥から脳味噌のコクリとした旨味が顔をのぞかせて不思議な世界が広がって行く。
    新鮮な脳味噌なのだろう。臭みやエグ味などは一切無く心地よい辛味が食欲を刺激して、スプーンで掬ってトゥルリトゥルリと何度も口に運んでしまう。
    40を過ぎて最近少々ポンコツ気味になってきた自分の脳細胞が、一口ごとに新しいものへと入れ替わるかのような気持ちにすらなる。

    他にも様々な羊料理を堪能したのだが総じて非常にレベルが高く、中でも特に俺の印象に残ったのは「羊ハツのステーキ」だ。
    その名の通り羊の心臓を塩胡椒仕立てで厚切りステーキにしたこいつを一片つまんで口に放り込む。香ばしく焼かれ弾力のあるハツに歯がプツリと入る瞬間、羊の香りと内臓ならではの妖艶な旨味と程よいペッパーの切れ味とが相まって口の中に広がってただただ素晴らしいの一言だ。こいつがあればビールがいくらでも飲めてしまう。

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    羊肉、ビール、羊肉、ビールという黄金の繰り返しですっかりと腹と心を満たし、必ずや近日中にまた再訪する事を心に決めて大満足で店を出た。

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    羊の癒しパワーによって、わずか数時間で背中の痛みも薄らぎ腫れもほぼ引いたような気がした。
    満腹の幸福感から心も穏やかになり、道場での過去の蛮行を反省する気持ちすら芽生えて来た。

    この背中の痛みは、
    「お祝い」にかこつけていい気になってぶっ叩いていた過去の愚かな行いの数々を戒める為に天から与えられた忠告だったのかも知れない。


    家に帰り、部屋の片隅にぶら下げてある新しい帯を見たら、ようやく嬉しさがこみ上げて来た。
    今回、帯のサイズも1サイズ上がり少々長くなったのも嬉しい。
    すっかり肥えたおかげで、最近は帯を締めると刺繍してある名前の文字がデニスの「ス」しか読めないというよくわからない状態になっていたのだ。

    ピカピカの、刺繍の入ったキレイな帯。新しいのでまだ生地もしっかりとしている。

    手に取って、改めてしげしげと眺めていたら今後が増々楽しみになって来た。

    このしっかりとした生地の帯で全力でぶっ叩いたら、相手はさぞかし痛かろう。


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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