ミヤマ

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    友達と、クワガタをとりに行って来た。

    40をとうに過ぎた男がこう書くとちょっと馬鹿みたいに思われるかも知れないが、友達とクワガタを採りに行って来たのだから仕方ないじゃないか。

    道場での稽古後、いつものように汗だるまの道衣姿で座り込んでダラダラしつつ、何も考えずについこんな事を口走ってしまった。

    「なんか俺、久し振りにミヤマクワガタをつかまえてみたい」

    気まぐれで適当に言ってみただけだったのだが、周囲の反応は意外なほどに食いつきが良かった。

    「いいですね、行きましょう!」
    「僕も連れてって下さい!」
    「よーし、今年の夏はミヤマクワガタの夏だ!」

    数人が即座に賛同したもののどうせその場限りの一時的な盛り上がりで終わるのだろうと思っていた。
    が、数日後に再び道場に行くと予想外に話が進んでいた。

    「来週末の土曜日、行きましょう!」
    「調べてみたところ、都内でミヤマクワガタを採集するのであれば奥多摩ですね」
    「ワンボックスのレンタカーを手配しました」
    「20時には現地に着きたいので、日暮れ前には出発しましょう」


    めんどくせえな。

    と、正直には言えなかった。
    俺の「虫欲」は、自転車でブラリと行けるそこらへんの雑木林を適当に冷やかしてカブトムシの一匹でも見つけられればそれで充分満たされる程度の物だったのだが、なんだか思いがけず道場内の「この夏のちょっとしたイベント」として話が進んでしまっていた。今更後には引けない雰囲気である。
    しかもあれよという間に希望者が増え、最終的な参加人数は7名。うち2名はイギリス人とアメリカ人という無駄に国際色豊かなメンバーになった。
    なんだかわからないが、クワガタには国籍問わず男子を惹き付ける魅力があるのだろう。

    ミヤマクワガタは確かにかっこいい。
    こいつはその名の通り「深山」に生息するクワガタで、クワガタ界の代表的人気選手である。
    オスの頭部にある、まるでH・R・ギーガーのデザイン画を連想させる様な突起形状が特徴的であり、微毛の生えたツヤ消しの体表は同じく人気者であるノコギリクワガタ選手のいかにもスター然とした光沢感に比べて派手さは劣るが「渋みのある、円熟した実力者」といった風格を感じさせる。

    ガキの頃、虫採りに行ってこのミヤマクワガタのオスを捕まえよう物なら、数日間はクラスの人気者になれるほどのステータスがあった。
    小学校で同級生だった石神くんはクラスの中では目立たない存在だったのだが、放課後に数人で虫採りに行った際に森の中で見事ミヤマクワガタのオスを捕まえて一躍「時の人」となった。
    「石ちゃんすげー!」
    「石ちゃんかっこいい!」
    隣のクラスにすらも石神くんの偉業が知れ渡るほどであり、突然の石神時代到来に本人も得意げになって我が世の春を謳歌していたのだが、それからわずか数日後、「社会科見学のバスの中で盛大にゲロを吐く」という大失態によって石神政権は敢えなく崩壊した。

    「これ、ミヤマクワガタを特集した専門誌です。読んでおいて下さい」
    見た事も無いクワガタ専門誌を道場の後輩から手渡された時、俺はぼんやりとそんな石神くんの事を思い出していた。

    25_01.jpg

    折角の休日なのだから、日がな一日酒でも飲んでグータラしていたいというのが本音ではあったのだが、言い出しっぺとしては参加しない訳にはいかない。
    また、結果的に奥多摩くんだりまで行く事になったのも、元はと言えば俺のうかつな発言のせいだ。行くからには手ぶらで帰って来る訳にもゆくまいというプレッシャーも少なからずある。
    「面倒くさいから、いっそ明日は朝からドシャ降りになってしまえばいいな」
    前夜に祈った俺の思いもあと一歩届かず、迎えた当日は一日中曇り空と言う、行くには行くがイマイチ気分も盛り上がらない中途半端な空模様になってしまった。
    俺は明け方まで飲んでいた酒が残ってややドンヨリ気味の体調ではあったが、遅めの午後に起床した後にゲン担ぎとしてトンカツを食らって胃袋に気合いを入れてやった。

    25_02.jpg

    夕方、待ち合わせ場所であるレンタカー会社の事務所に向かうと既に全員が揃っている。
    メンバーは俺、色黒会社員、公務員、ラーメン屋、大学生、イギリス人、アメリカ人という統一感の無い7名だ。
    予約しておいたワンボックスカーに乗り込むと、広々としている筈の車内は一瞬にしてムサ苦しい男どもでギュウギュウになり、僅かに残っていたレジャー気分はこの時点で完全に消え失せた。

    「狭いな」
    「お前は降りて走れ」
    「あとで奥多摩のダムに投げ捨ててやるから覚悟しろ」

    そんな殺伐とした会話を交わしつつ2時間ほど走り、すっかり陽が落ちた頃に車は奥多摩に到着。
    まずは目星を付けていた山道沿いルートの街灯の下を順番に攻めて行こうという事になった。
    歩行者は言うに及ばず車通りすら殆ど無い暗い山道をゆっくりとしたスピードで走りながら街灯の周辺を注意深く観察し、時折気になった場所で降車して辺りを散策する。
    そんな事を小一時間ほど繰り返してはみたのだが、クワガタはおろかカナブンすらも見当たらない。
    さすがにミヤマクワガタはそうそう簡単には見つかるまいと思ってはいたのだが、景気付けにせめてコクワガタの一匹くらいは採れてくれないと虫採り気分も盛り上がらない。
    山道を車で登りつつ、俺は目を凝らして窓の外を眺めていた。
    それから更に20分ほど過ぎた頃、一本の街灯の下を車が通り過ぎた瞬間に視界の隅を何かの影が横切った。
    「とめろ!」
    咄嗟に俺は叫んだ。なぜだかイギリス人が声を上げて驚いた。

    運転していた公務員の反応が遅れ、15m程先のカーブを曲がった所で車は停まった。俺は素早く飛び下り、山道を早足で下った。
    「ついて来い!」
    俺の叫び声が夜の山にこだました。
    本当ならば全力で走りたい所なのだが、現在俺は左膝の半月板を負傷している為に早足が精一杯なのだ。
    キシキシと痛む左膝に顔を歪めつつ暗いカーブを曲がり、先ほど影を見た街灯に近づくと、大き目の甲虫が一匹、羽音を立てて飛び回っていた。
    「ついにミヤマクワガタ発見か!?」と興奮したのだが、どうもクワガタとは形が違う。
    飛び回っていた甲虫は街灯脇の樹の幹、地上4mほどの所に止まった。
    不覚にも虫取り網は車の中だ。取りに戻っていては見失う可能性が高い。
    俺は迷わず木に登り始めた。幼き頃は「デブのくせに身軽」でならした俺である。たかだか4mほどの高さであればヒョヒョイのヒョイだ。
    枝に手をかけ足をかけ、イメージとはやや違って実際はゼイゼイフウフウ言いながら脂汗流しつつなんとか登り、幹にとまっていた甲虫をむんずと掴んだ。
    甲虫は「キイ!キイ!」と、何かが擦れるような高い鳴き声を出した。カミキリムシだ。

    体長5cm超のシロスジカミキリ。クワガタでは無いが、サイズ的にはなかなかの大物だ。俺は右手にカミキリムシを持ちながら樹を降り始め、地上2mほどの所からエイッと飛び降りた。
    飛び降りた瞬間「半」「月」「板」の三文字が頭に浮かんで「しまった!」と思った。このまま着地したら負傷中の左膝は音を立てて砕けてしまうだろう。

    着地の瞬間に俺は咄嗟に受け身を取って、右手のカミキリムシを守りながらアスファルトの上をゴロゴロと転がった。
    我ながら見事な受け身だったと思う。
    後ろから追いかけて来ている道場の連中も俺のかっこいい姿に拍手喝采だろう。

    サッと右手のカミキリ虫を頭上に掲げて素早く起きあがりポーズを取って、「おりゃー!」と叫んで振り返った先には、誰もいない真っ暗な山道の風景が広がっていた。

    俺はカミキリムシ片手にトボトボと歩き、車の停まっている場所まで戻る事にした。夜の山道に、カミキリムシのキイキイという鳴き声が寂し気に響いた。

    他のメンバーは車の傍で楽し気にケラケラ笑いながら、道端で見つけたカエルと戯れて遊んでいた。

    25_04.jpg

    「遅いっすよ、急に降りてどこ行ってたんすか。しょんべんすか。」
    公務員の言葉にイラッとしたので回し蹴りを見舞いつつ、俺はボンクラ共一同の眼前に、採って来た虫をグイと突きつけてやった。

    「こええ!」
    「でけえ!」
    「Oh!コワイコレナニ」

    25_03.jpg

    カミキリムシを見てキャアキャアと大騒ぎしている連中を見て俺は悟った。

    今夜の虫採り行、どいつもこいつも頼りにならんぞと。

    ドラクエで例えるならば、自分以外は全員「遊び人」のパーティーを組んで街から遠く離れてしまった様な失敗感だ。
    恐らく森の中で「メイジドラキー」程度の中途半端な雑魚キャラに出会い、戦闘中にも関わらず陽気に歌って踊っているうちに気づいたら全滅してしまうのであろう、そんなチームだ。

    クワガタ採りが始まってまだほんの2時間弱。

    「こりゃ、長い夜になるぞ」と、俺は覚悟を決めた。



    〜たかだかクワガタを採りに行っただけの話にも関わらず次回に続く〜


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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