ミヤマ 〜2〜

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    前回からの続き〜


    夜の奥多摩の山道を、男7人ギュウギュウ詰めのワンボックスカーでクワガタを探してグルグルと走り回った。

    探せども探せども、目的としていたミヤマクワガタはおろか相変わらずカナブンの姿すら見つける事が出来なかった。
    徒労感と無力感に支配されて徐々にメンバーの口数も少なくなって行き、誰にぶつけるでもないやり場の無いイライラが澱の様に溜まり始め、ただでさえむさ苦しい男7人の車内には「殺伐」という名の最悪のフレーバーが加わってしまった。
    ピリピリとした空気が漂う中、ハンドルを握っていた公務員がつぶやいた。

    「わざわざ来たのに、虫なんか全っ然いないじゃないすか」

    「うるせえ黙ってろ、殺すぞ」

    日常会話において最も言ってはならないカテゴリーの言葉が出始めたので、雰囲気を察したアメリカ人が場を和ませようとしたのだろうか、突然リュックサックの中からビーフジャーキーの大袋を取り出して全員に配り始めた。

    男7人、深夜の車内で無言のまま、死んだ獣の干し肉を食らう。
    ビーフジャーキーによって殺伐とした空気はやわらぐどころか、野郎共全員が黙々と肉を食いちぎる音だけが車内に響き渡る事によって「野蛮」という名の新たなる余計なフレーバーが加わってしまった。
    こういう時はなにか甘い、夢のあるフワフワとした食べ物を出すべきだったのだろう。
    それが何かはわからないが、なんかこう、多分フワフワして甘いピースフルな奴だ。

    26_01.jpg

    真っ暗な山道を走ること数時間。既に時刻は午前0時を回っている。
    未だ収穫はカミキリムシ一匹。
    まだ夜は長いとは言え、現在の所は敗色ムード濃厚。

    路肩に車を停めて全員で外に出て、夜の山道の真ん中で緊急国際会議をした結果、山道では無く奥多摩湖の周辺を探索するという方向で意見がまとまり、気を取り直して第2ラウンドを開始する事にした。

    車は山から下りて奥多摩湖の周回道路に入り、先ほどまでと同じく道路の街灯付近を注意深く見ながら法定最低速度ギリギリで車を走らせる。
    ときおり、走り屋とおぼしきカスタムカーが物凄いエンジン音を上げながら後方から現れてはあっという間に我々を追い抜き、遥か彼方に見えなくなった。
    前後の安全を確認しつつ、これはという場所があったら車を降りる。
    数カ所の街灯下を探索して回っていたら、ほんの数時間以内にお亡くなりになったと思しきペタンコになったミヤマクワガタの死骸を発見し非常に悔しい思いをした。
    ほんのちょっとしたタイミング次第では、今目の前にあるペタンコのミヤマクワガタを生きたまま捕らえる事が出来たのだ。
    公務員が言った。

    「死骸しか無いじゃないすか」

    「うるせえ、おまえが変わりにペタンコになれば良かったんだよ」

    俺が悔しさの余り発した言葉によって再び不穏な空気が流れそうになり、アメリカ人が慌てて間に入る。

    車は奥多摩湖沿いの道を更に走った。間もなく、車は県境を越えて山梨県に入る。
    気がつけば街灯の数もめっきりと減り、後続車も対向車も一切居なくなり、標高が上がったからだろうか、開けた窓から入って来る夜風もヒンヤリとしている。

    「これはもう、夏の空気じゃない。虫がいる臭いがしないな」

    そんな事を話しながら車が真っ暗なトンネルを抜けてゆっくりとカーブを曲がったその瞬間、二車線道路の幅いっぱいに座り込んでくつろいでいる数十匹の猿の群れが我々の目の前に現れた。運転席の公務員が慌ててブレーキを踏む。

    突然現れた我々に驚いた猿達が大騒ぎしながら一斉に道路脇の崖を登って逃げて行く。
    そして崖の上の安全な場所に避難した猿の群れは、今度は一転して我々を威嚇し始めた。
    血気盛んな若いオスザル達だろうか、5、6匹の大柄な猿が我々の車の頭上にあたる位置の樹木に崖から飛び移り、ユサユサと激しく枝を揺らしながらギャアギャアと叫んでいる。
    崖の上の茂みの中からは数十匹の母ザル小ザルが同じく目を光らせてこちらを睨みながら歯を剥いてギョエーギョエーと大騒ぎしている。

    突然、ハンドルを握っていた公務員と助手席の色黒会社員が猿達とほぼ同じテンションで怒り狂い始め、車の窓から身体を半分出しながら猿を威嚇し始めた。

    「おいコラ!このクソザル!舐めてんのかコノヤロー!」

    「わからせてやりましょう!なにか投げる物!」

    興奮した公務員が武器を探して後部座席を振り返り、俺の横のシートに置いてあったカシューナッツの大袋を見つけてガシッと掴んだ。

    「やめろ!それは俺が食うんだ!」

    瞬間的に身体が反応し、公務員に平手打ちをかます俺。崩れ落ちる公務員。頭上では相変わらず激しく叫ぶ猿の群れ。

    最後部のシートに並んで座っていたイギリス人とアメリカ人は乾いた瞳でその醜い一部始終を見つめていた。アメリカ人がそっとビーフジャーキーの袋を自分のリュックの中に隠したのを俺は見た。

    「もういい戻ろう。車を出せ!」

    誰からとも無く声が上がり、車はUターンして、来た道を引き返した。

    26_02.jpg

    後方の暗闇の中に遠ざかって行く猿達の叫び声は、心無しか勝利の雄叫びを上げているかのように聞こえた。

    目的としていたクワガタが一匹も採れないどころか、猿にまで馬鹿にされてしまった。
    たかだか虫採りに来ただけなのに、なんだか人間の尊厳すらも危うくなって来てしまった様な気持ちだ。

    車は再び真っ暗なトンネルに入り、車内も静寂に包まれた。

    走行音だけが静かに響く車内で、日英米と国は違えども今この瞬間ここに居る7人の思っている事が確実に一致したことがはっきりと感じ取れた。

    「来るんじゃなかった」

    と。

    トンネルの出口はなかなか見えなかった。


    〜次回に続く〜


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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