ミヤマ 〜3〜

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    からの続き。


    トンネルを抜けると、小雨がパラついて来た。

    男七人、奥多摩くんだりまでミヤマクワガタを採りに来たはいいが、
    6時間ほど彷徨った挙句一匹も捕まえられないどころか、野性の猿の群れにさえも馬鹿にされる始末。
    そして追い打ちに、雨だ。

    静まり返った車内。時刻は間もなく深夜2時。
    雨がフロントガラスを濡らし始め、
    夕方の集合から現在までの8時間程、殆ど言葉を発する事がなかった寡黙な大学生が満を持して口を開いた。

    「最悪ですね」

    一同いよいよ絶望的な気持ちになって来た。
    しかし幸いにも雨は程なくして上がり、車は引き続き丑三つ時の闇の中を進んだ。

    高度が下がったのか、ようやく再び風がトロリとぬるくなって来た。
    にわか雨で湿った緑や土の匂いが混じり、夏の世界に戻って来たな、と思った。

    ぼんやりと窓の外を眺めていたら、ヘッドランプを装着し大きなリュックサックを背負ってトレッキング用の杖を持って歩いている一人の中年男性ハイカーの後姿が夜道の前方に見えて来た。
    真夜中の峠越えか、こんな真っ暗な道を深夜に一人は心細かろうなあと思いつつ車がその横を通り過ぎるそのほんの一瞬、俺の目には小さき影が確かに見えた。

    「止めろおおお!」

    俺の突然の叫び声に、諦めてウトウトし始めていた車内のボンクラ全員がガタタッと身体を痙攣させて飛び起きた。
    俺は急停止した車のドアを開けて、外に飛び出た。
    ボンクラ共も、なんだかわからない勢いに押されて次々と車から飛び出して俺について来た。
    俺は負傷中の膝の痛みを堪えながら中年男性ハイカーの方向に向けて全力で走った。

    ハイカーは突然の事態に明らかに狼狽え、恐怖に引きつった表情で硬直して夜道に棒立ちになっている。

    27_02.jpg

    真夜中の峠道を一人歩いていたら、突然目の前で急停止したワンボックスカーからワラワラと大勢の男達が飛び出て来て、血走った眼で自分に向かって走って来るのだ。しかもなんだかわからないがでかい外人も混じっている。恐怖体験以外の何物でも無いだろう。

    俺は恐怖で硬直したままのハイカーの、その足下の150cmほど横に滑り込み、そこにあった小さな黒い物体をつまみ上げた。

    「いたぞおー!」

    ボンクラどもがワラワラと集まって来る。

    「見ろ!ミヤマクワガタだ!」

    俺の指先のクワガタを見て、皆一様に歓喜の声を上げ、そして2秒後に微妙な表情になった。

    捕まえたのは待望のミヤマクワガタである。
    ミヤマクワガタの、メスだ。

    ハサミ状の大きなアゴも無ければ、あの格好いい頭部の突起も無い。
    丸っこくて地味な、メスクワガタだ。

    「ミヤマクワガタだろ!なんだてめえらそのツラは。文句あるか?」

    折角の初捕獲にも関わらずお祝いムードは皆無で、相変わらずの殺伐とした会話が交わされる。
    俺の正直な気持ちももちろん「なんだ、メスか」なのだが。

    俺とボンクラ共は再びゾロゾロと車に乗り込み、夜の峠道を走り始めた。

    振り返ったら、中年男性ハイカーはまだ路上で棒立ちのままだった。


    そこから、俺の中で何かの「スイッチ」が入った。
    俺は持ち前の動体視力の能力を全開にして、走る車の窓からひたすらに路面を凝視した。
    そして走行中の車内から、一瞬だけ見える小さな虫影を発見しては車を止め、捕獲し、また車を走らせ、発見してはまた止めた。
    覚醒した「俺EYE」は驚くようなペースで次々と虫を発見した。

    「止めろ!」

    「捕まえたぞ!コクワガタ!メス!」

    「止めろ!」

    「今度はカブトムシがいたぞ!メス!」

    「止めろ!」

    「よし!またミヤマクワガタだ!メス!」

    「止めろ!」

    「メス!」


    なぜだか全部メスだった。
    我ながら驚く程のハイペースで、一気にクワガタ5匹、カブトムシ3匹をつかまえたのだが、奇妙な事にすべてメスだった。

    27_01.jpg

    あのかっこいい大アゴをもったオスクワガタの洗練されたフォルムも、ツノを天空に向けて突き出したオスカブトの神々しい勇姿も拝む事は出来なかった。
    かわりに虫カゴにいっぱい詰まっているのは、なんか、どいつもこいつもツルリンとした黒い流線形の丸っこい生き物。
    もちろんメスにはメスの魅力があるのだが、どうにも「虫欲」を満たすには少々物足りないのも事実。

    「いい男ばかりが大勢いるから、メスしか寄って来ないんでしょうなあ」

    メンバーの一人であるラーメン屋が全く面白くも何ともない冗談を言い、実際誰一人として笑いもしなかった。

    ある程度の成果を上げたといえば上げた。しかしなんだか物足りない。
    そんな気持ちのままに相も変わらずチンタラと車を走らせた後、路肩に車を停めて今後のルートを相談しようとしていたら、突然車内が真っ赤なライトで照らされた。

    我々が乗っているワンボックスカーの周囲を、まばゆい赤色灯を回転させた三台のパトカーがとり囲んでいるではないか。

    なにごとかと驚き窓を開けると、パトカーから降りて近づいて来た一人の警察官が言った。

    「あなた達、道に迷ってるってわけでもないよね。一体なにしてるの?」

    質問しながら、開いた窓の隙間から警察官の目が素早く車内を覗き込んだ。
    暗い車内には、ムサ苦しい男ばかりがみっちりと。うち二人は外国人。年齢はバラバラ。
    三人が首からプラスチック製の虫かごを下げ、その横で事態をよくわかっていない寝起きのアメリカ人が一心不乱に「キノコの山」を貪り食っている。

    過去の職質経験からもよくわからないパターンだったのだろうか、警察官は「なんだこりゃ」という表情になった。

    「みんなで、クワガタをとりに」

    正直に本当の事を話した。なんらやましい事は無い。
    警察官はなんだかホッと緊張が解けたような表情になった。

    「なんだ、クワガタですか。じゃあ、さっき湖の向こうでしばらくガサガサやってたのも?」

    「はい、クワガタを探してました」

    「じゃあ、あのダムの横の林に入り込んでたのも?」

    「はい、クワガタを探してました」

    「採れました?」

    「ええ、メスばかり」

    「そうですか」

    「いい男ばかりが大勢いるからメ・・」
    余計な事を途中まで言いかけたところで、大学生がひと掴みのカシューナッツをラーメン屋の口に押し込んだ。

    「でも、もうそろそろ都内に帰ります」

    「そうですか、お気をつけて」

    三台のパトカーは赤色灯を消し、夜道の先に走り去って行った。

    どうやらグルグルと走り回ったこの数時間、完全にマークされていたようだ。
    もしかしたらあの猿達が通報したのかも知れない。


    気がつけば、東の空が明るくなっている。
    そろそろ終わりにしよう。

    思えば長い夜だった。

    我々は車を降りて外に出て、キャッチアンドリリースの基本方針に則って今日採った虫達を解放する事にした。
    虫かごの中で大暴れしていたイキの良いミヤマクワガタのメスを一匹つまみあげ、右手にとまらせたまま俺は人差し指を空に向けて高く高く突き立てた。
    そんな俺の姿を、アメリカ人が配ったビーフジャーキーを齧りながら、全員が無言で見つめていた。

    クワガタは俺の手を伝ってのんびりと、しかし力強く登って行き、人差し指のてっぺんまで来た所でパッと羽根を開き、ゆっくりと離陸した。

    朝焼けの空に向けて、力強い羽音を立てながら飛び立って行くメスクワガタ。
    やがてどこかの森の中で未だ見ぬオスと出会い、産卵し、そして次の世代へと新しい生命を繋いで行くのだろう。

    指先から、キラキラと輝く暁の空に向けて飛び立って行くクワガタの、まるで世の中全ての「希望」の象徴であるかのような神々しい姿を眺めながら、我々全員はそのあまりに美しい光景に思いがけず感動してしまい、言葉を失ってただただ見入ってしまった。

    なんだかんだあったが、結局、良い夜だったな。
    そんな気持ちになった。


    27_03.jpg



    3秒後、横から飛んで来たカラスにくわえられて、我々の目の前で希望はどこかへ消え去って行った。


    〜ミヤマ おしまい〜 


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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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