2013夏のワールドツアー 〜出発〜

0
    いわゆる「お盆休み」のまっただ中に、成田空港から海外に向けて出発した。
    俺の様な自由業者は人混みが苦手な人間が多く、世の中の人々とは別の時期に休んだり遊んだりするものなのだが、今回ばかりはこの混雑期に出発せざるを得ない。

    あのオレンジジャージの怪人物、清水宏氏が今年も英国エジンバラの演劇祭「フリンジフェスティバル」に単身乗り込み、現地の人々の前で英語のみのステージを連日こなすのである。
    そして帰国後の九月には渋谷にある劇場で凱旋報告トークライブが上演される。
    昨年同様、そこで上映するステージ映像素材を撮影するのが俺の目的だ。
    まあ実際、別に俺が行かなくてもなんとかなるっちゃあなんとかなる。
    しかし、あの「やる気マンマン男」が尋常では無い量の汗をザブザブとまき散らしながら異国の地で七転八倒する様を、やはりこの目でしっかりと見届けてみたい。
    少々のそんな思いと深夜に摂取した大量のアルコールに背中を押されて、ネット経由で航空券を押さえてしまったのだ。

    しかし、「メシの不味い国には行きたく無い」が基本方針の俺である。
    各種航空券を検索して熟考を重ねた結果、今年はタイ国際航空を利用して、バンコク経由で英国に向かうというルートを取る事にした。
    エジンバラでの滞在は一週間。そして行き帰りに経由地バンコクでそれぞれ一週間ほどのストップオーバーを取る事にした。
    結果、ストップオーバーしている日数が本来の目的の倍以上という事態になってしまったがまあそれはさておきである。

    お盆の時期に海外に出発するなどという経験が無かった事もあり、どんな塩梅だろうかと心配だったので出発当日は予定よりも早めに成田空港へ向かった。
    毎年ニュースなどで見る「海外旅行客の出国ラッシュがピーク!」などと紹介される混雑した成田空港の映像が頭のどこかにあったのだ。
    ドキドキしながら空港に到着すると、拍子抜けする程に空いていた。
    お盆休みも既に半ば。おそらく海外に出かけるような人はとっくに出かけており、気の早い人は現地で帰りの心配をし始めているのだろう。出国のピークはとうに過ぎていたようだ。

    安堵しつつタイ航空のチェックインカウンターに向かうと、何故かそこだけえらいこと混雑していた。
    どうやら俺の搭乗予定の便でタイ人の団体観光客が帰国するらしく、お土産の段ボールをカート一杯に積み込んだ大勢のタイ人が長い長い列を作っていた。
    そしてその列はなかなか進まず、思いがけず時間がかかってしまった。
    30〜40分ほど並んだ頃だろうか、ようやくもうじき俺の順番という時になって、航空会社のお姉さん が俺に近づいて来て、ちょっとよろしいですかと話しかけて来た。聞いてみると、どうやら俺の搭乗する予定の便は非常に混雑しており、それを緩和する為に一つ早い便に変更してはくれまいか。と。
    変更に協力してくれたら、ビジネスクラスで席を用意します。と。

    「ビジネスクラス」

    俺の様な、爪に火を灯す様な思いでせっせと小銭を貯めて、やっとの思いでエコノミーの航空券を買っている人間にとっては目映いばかりの光を放っている言葉である。
    もちろん二つ返事でOKすると、素早くカウンターで搭乗券を発行してくれて、案内されるままに特別なセキュリティチェック窓口を通り、出国審査カウンター前でお姉さんの見送りを受けた。
    「ご協力ありがとうございました。いってらっしゃいませ」
    礼を言いたいのはこちらの方である。

    ドキドキしながらゲートへ向かうと、丁度搭乗が開始されたところだった。
    ビジネスクラスの搭乗が。

    まだ搭乗が始まってもいないのに長い長い列を作っているエコノミークラスの乗客達を横目に見つつ、
    「ふふん、庶民どもめ」
    棚ぼた式にビジネスクラスに転がり込んだくせに、そんな不遜極まりない気持ちになりながら得意気に搭乗口を通り、飛行機に乗り込んだ。

    28_00.jpg

    ビジネスクラスのシートは快適だった。
    電動でほぼフラットになるゆったりシート、配布されるくつろぎグッズ等々、普段の窮屈エコノミーとは雲泥の差である。
    そうこうしているうちに飛行機は離陸し、ふるまわれたウェルカムシャンパンなどという飲み慣れない酒でほんのりと赤ら顔になりゆったり夢見心地である。
    ご存知の様にタイ航空の離陸時の動力源はエコノミークラスの乗客全員による人力である。
    数百人がタイミングを合わせて機体後部を押して進む事によって徐々にエンジンが掛かって行くのだ。
    エンジンが順調に回転し始めたらエコノミークラスの乗客は徐々に加速して行く機体と並走しながら次々と乗り込む。ここで全員の息が合わないと滑走路に取り残される乗客が出てしまう。離陸直後のエコノミークラスは汗だくの乗客全員のゼエゼエという激しい息づかいで機内アナウンスが聞こえない程である。
    今回ばかりはそんな労働に参加せずにすむので、ビジネスクラスという物は実に快適であった。
    思いつきで出鱈目を書いてしまう程に快適であった。

    機内食はコース料理だった。
    ビジネスクラスの乗客というのは基本的に旅慣れたビジネスマンなどが多いので、基本的にガツガツした人がいない。
    だが俺は前菜のヤキトリの串をググイと口端で一気にしごいたのを開始の合図に、次々と運ばれて来るメシを片っ端からやっつけてやった。
    メインディッシュは牛頬肉をワインでトロトロになるまで煮込んで果実のソースだかなんだかを添えた物だった。もちろん45秒くらいで全て平らげた。
    パンもチーズもデザートも、出される物は全て残さず、おかわりを聞かれたものは漏れなくおかわりをした。
    エコノミークラスの乗客に出される食事「水と、氷砂糖」とは雲泥の差である。
    いい気になって思いつきの出鱈目を書いてしまう程にメシを堪能し、飲み慣れないシャンパンを数杯煽り、慣れない電動シートの操作でギッタンバッタンと意味の分からない動きと駆動音を静かな機内に響かせた末にグースカと眠りについた。
    ハナチョーチンの割れる音で目をさますと、飛行機はまもなくバンコクに到着という時間だった。

    バンコクスワンナプーム空港で国内線に乗り継ぎだ。
    今回、まず最初に訪れる事にしたのはタイ、チェンマイである。
    主に食事面において過酷が予想されるイギリス滞在の前に、軽く旅のウォーミングアップ期間を、慣れ親しんだ南国の地でヌクヌクと過ごしてやろうという魂胆だ。
    チェンマイに向かう国内線はもちろん普段通りのエコノミークラスである。先程までの魔法は解けてしまった。
    離陸直後に出された機内食、甘いんだかしょっぱいんだかよくわからないパイだかなんだかと、フルーツジュース、そして正体不明の白いブヨブヨである。
    この白いブヨブヨ。意味が分からないのである。
    表面はココナツミルクが効いた濃厚かつ重量感のある甘ったるいブヨブヨ。
    中には、米をすりつぶした真っ青な甘〜い餡が入っている。
    誰が何を考えて作ったのか、何でこんな真っ青な色をつけたのか、日本人としての感覚では理解出来ない食い物だ。
    また厄介なのは、これが「それほど不味くない」という事実。
    能動的に食いたくは無いが、別に目の前にだされて食べる分には問題無いといった無難な味でもあるのだ。
    どういう気持ちになったら良いのかわからないままマゴマゴしているうちに、飛行機はチェンマイ空港に到着した。

    28_01.jpg

    五ヶ月少々振りに訪れたチェンマイの街は、相変わらずだった。

    空港に降り立っても最早迷うような事など有り得ない。
    慣れ親しんだチェンマイ空港である。
    通勤通学のルートであるかのように自動化された動きで最短ルートの華麗なる動線を描いて空港タクシーに乗り込み目的地を伝える。
    走るタクシーの中から見る数ヶ月振りの夜の街並。
    まるでそれは海外旅行に来ているというよりも「帰省」に近い、そんな不思議な感覚だった。
    宿の近くでタクシーを降り、雨季のチェンマイの、夜の裏通りに立った。
    すーっと深呼吸をすると、たっぷりと水分を含んだ生暖かい空気が肺を満たし、通過した鼻腔に南国の植物の濃厚な甘い香りがねっとりと絡み付いた。

    28_02.jpg

    遠くに見える数軒の屋台の灯り。
    植物の甘い香りに混じって、ナンプラーやハーブ、肉の焼ける香りなどが混ざり合った特有の芳香が漂って来る。

    「さあ、食うぞ!」

    ねっとりとした空気の中、俺はなんだかわからないが強く決意した。


    〜次回に続く〜


    calendar

    S M T W T F S
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << May 2018 >>

    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

    selected entries

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM