夏の夜の愉しみ

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    タイだイギリスだまたタイだと、節操無く動き回ってバタバタしているうちに今年もいつの間にやら夏が終わってしまった。
    例年通りいろいろとやり残した事、やれなかった事は山程あるが、それでもなんとか最低限の「夏の楽しみ」はぎりぎり死守出来たような気がする。
    プールにも行ったしカブトムシも採ったしスイカも食べた。
    あまつさえ今年は、ゴジラの新作映画を劇場の大スクリーンで観るという特別な夏休み感もあった。
    四十をとうに過ぎた大人が死守するべき事はもっと他に山程あるような気もするが、まあそれは個人差もあろうから致し方ない。

    そんな俺にとって毎年の「夏の楽しみ」がもうひとつある。それは蝉の羽化観察である。
    先ほど挙げた項目と大差ないじゃないかと思われるだろうが、これがなかなかどうして、大人になってからじっくりと楽しむに相応しい夏の夜の娯楽なのだ。

    深夜、人通りが少なくなった公園や林に行き、木の幹や遊歩道沿いに張り巡らされた木製の柵などを注意深く見ると、土中から登って来た蝉の終齢幼虫の背中がパクリと割れて中から真っ白な成虫がゆっくりと出て来る姿を目にする事が出来る。
    ここ数年、そんな様子を夜の散歩をしながらじっくりと観察するのが俺の楽しみになっているのだ。

    深夜の井の頭公園。街灯が少ないその薄暗い一角で、身をかがめて息を殺しつつジーっと何かを見つめている中年男性。
    傍から見たら、ベンチでイチャつくカップルを木蔭から覗いているただの出歯亀オヤジにしか見えないであろう。
    自分でも不審者感がプンプン出てしまっているのはわかっているので、観察用の小型ライトであたりの樹木を必要以上に照らして回ったり、デジカメでこれみよがしに幼虫を接写したりといった動作を大袈裟なアクションで行い、周囲に「昆虫観察です!怪しい者ではございません!」と無言でアピールしてはいるつもりなのだが、
    深夜の公園でライトをグルグル振り回しながらなんだかわからない真っ暗な空間に向けてカメラを向けている中年男性なんてものはただただ「薄気味悪い」の一言だろう。
    会社帰りのOLさんと思しき女性などは大概、俺の姿を確認するや否や歩行スピードを不自然なまでに上げて競歩選手のごとく通り過ぎ、あっという間に見えなくなる。
    まあ怖がるのも無理は無いが、そこまであからさまに嫌悪されるとこちらも良い気分はしない。全力で走って追いかけて、いかに自分が怪しい人物では無いかをじっくりと説明して疑いを晴らしたい所ではある。

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    そんな事はさておき、羽化したばかりの真っ白な蝉というのは息をのむ程に美しく、生命の神秘というものをまざまざと思い知らされる。
    そしてしっとりと湿ったその神々しい姿には思わず「これ、食ったら美味いんじゃなかろうか」という気持ちにもさせられる。
    脱け殻の横でゆっくりと羽根を伸ばし、白い身体を静かに乾かしているそいつをチョイとつまみ、岩塩を盛った小皿にワンバンさせて口に放り込んだら、さぞかし美味いのではないだろうか。あるいはちょいと手間をかけ、ソフトシェルクラブのように軽く素揚げしてカレー仕立てにして食うのも悪か無い。
    そんな不埒な妄想を頭に思い浮かべつつ、思わず涎を垂らして夜の公園でうっとりと立ち尽くしている中年男性を見かけたらかなりの高確率で俺である。

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    が、昆虫食に詳しい人によると例え羽化直後だとしても蝉の成虫は可食部が少なくて身も硬く、あまり美味くはないそうだ。
    やはり終齢幼虫が一番美味いらしい。

    俺が良く訪れるタイでは北部や東北部を中心に今でも昆虫食が盛んである。
    海に面していないこの地方では恐らく昔から貴重なタンパク源だったのだろう。
    市場やナイトマーケットの屋台街を覗けば、必ず数軒は「虫屋台」を見つける事が出来る。
    「虫屋台」というのは文字通り調理した昆虫を売っている屋台であり、店頭に並べられたいくつものザルの上にはバッタ、芋虫、蜂、タガメ、オケラ等々、様々な昆虫がコブミカンの葉などのハーブ類と共にサッと素揚げされて塩で軽く味付けされた状態で山盛りになっている。

    よくバラエティ番組などでタレントが大袈裟なリアクションでこわごわと口にしたりしているがもちろんそれは番組の演出意図を汲んだ正しい演技であって、まあ実際食ってみると別に不味い物では無い。
    むしろ甲殻類に似た味わいで、カリっと揚がった食感とほんのり効いた塩味はビールのつまみにも最適だ。

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    様々な種類の虫が並ぶ中で最も食べやすいと思われるのが「竹虫」。
    これは竹に産卵する蛾の幼虫で、タイでは「ロット・ドゥアン」と呼ばれている。
    言葉の意味は「急行列車」なのだそうだ。その名の由来について真偽の程は知らないが、その白くて細長い姿が列車に似ているからという話を聞いたことがある。

    こいつは近くでよく見ると小さな脚がたくさんついていて「いかにも芋虫」といったビジュアルなので、苦手な人は目のフォーカスが合う前に口に入れると良いだろう。
    クセが無く、カリリとした表面を噛み締めると中からトロリとした身がほんのりと独特の香りと共に口に広がる。
    この「香り」こそが虫味の特徴である。虫の味は甲殻類などに例えられ、未食の人に伝えるには最もイメージしやすい表現だとは思うのだが、やはり虫は「虫の味」なのである。こればっかりは食べた人にしかわからないだろうとは思う。
    俺が食べた中で美味しかったのは蜂の成虫。
    日本にいる種に例えるとアシナガバチの様な形態の蜂を素揚げして塩を振った物を食べたのだが、これがなんとも風味がよろしく、カリっとクリスピーな食感ながら腹の中にトロリとした旨味が詰まっており、一見すると硬そうなパーツが多く食べ辛いのではなかろうかと思われるだろうがカラリと揚げられたその身と羽根は噛み締める毎にコクが出て来て実にビールが進むのである。

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    どうにも苦手というか、食べ方がよく分からずにパスしてしまった物がタガメである。
    日本では今や絶滅危惧種の生物だが、種類も違うのだろうが東南アジア方面には山ほど生息しているようで、市場に行けば巨大なタガメが山積みで売られている。
    ゴキブリにも似たその姿はちょっとどう手を出して良いものやらわからず、口にする事なくパスしてしまったのだが、後から調べたところによるとどうやらタガメは身を食する物では無く、羽根をむしっておしりの部分に口を付けて内臓を吸う物なのだそうだ。その香りは洋梨にそっくりだという。
    「そんなら、はじめから洋梨を食うよ」
    そんな事を言う奴は野暮である。
    しかしこのあたりになるとかなり上級者向けな感じがしてくる。
    俺もここ数年でそれなりに昆虫食経験値を積んで来た事もあり、次回訪問時には是非とも試してみたいところである。

    そして蝉の幼虫である。
    美味い美味いと前評判を聞いていたので、夜市の屋台でこいつを発見した時は小躍りしたものだ。
    店先のザルに盛られていたのは、やや小振りではあるがまごうことなきあの夏の日にみる「脱け殻」の形である。
    もちろん中身が入ったままの状態で素揚げされ、塩味がつけられている。

    俺は迷わず買い求め、早速ひとつつまみあげ口に放り込んでみた。
    柔らかな表皮に歯を当てて、軽く力を入れるとプツンと身が弾け溢れて来る白くトロリとした身に臭みは無く、何年も土の中にいて旨味成分が凝縮されているのだろうか、芳醇な「虫の味」が口一杯に広がる。
    何度でも食べたくなる様な格別に美味いスナックなので、機会があれば是非とも一度試して頂きたい。

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    これら食用昆虫達は姿形がアレだから、初めて虫を食べる人には少々の勇気が必要でなかなかにハードルが高いのかも知れない。
    が、普段何気なく身の回りに居るこの生き物達が、実はこんなに多様な味わいを持った食材だったという事を改めて知ってみるのも良いのではなかろうか。
    まあ、虫だけで腹を満たすにはかなりの量を食わないといけないが、今後、世界の食糧難を救うのは昆虫食だという説もある。
    そうなったら、虫の中でも食べやすい竹虫や蝉の幼虫はかなり重宝される存在になるのでは無いだろうか。
    蝉が食材として脚光を浴びる日もそう遠くないのかも知れない。
    きっと色んな調理方法が考えられて、更に美味しく食べる事が出来るだろう。

    ちなみに蝉は英語で「cicada(チッカーダ)」という。
    いつの日か、飛行機の中で機内食を運んで来たキャビンアテンダントのお姉さんに、こんな風に聞かれるのかも知れない。

    「Which would you like, beef or cicada?」
    (お食事はビーフと蝉、どちらに致しますか?)

    現在の感覚ではまったく意味の分からない質問なのだろうが、未来はどうなるかなんて誰にもわからない。
    食材として蝉が牛と肩を並べる日が来る可能性だってゼロでは無い。
    そんな未来もそれはそれで、楽しいじゃないか。
    ちなみにもしもそんな時が来たら、俺は迷わずこう答えるだろう。


    「BEEF!」



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    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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