油断の値段は17万

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    完全に油断していた。

    初めて訪れたカンボジア。
    滞在したのはシェムリアップ。あの世界遺産アンコールワットのある街である。
    世界有数の観光地であるこの街には連日各国から大勢の人々が訪れる。そしてその観光客を狙ってプロのスリ集団が日々暗躍しているという。
    そんな注意喚起情報がどんなガイドブックにも必ず記載されているほどであり、最大限の用心をするべきだった。
    するべきだったのだが、俺はここ数年東南アジア諸国を頻繁に訪れてちょっと旅慣れたような気になっていて、すっかり油断していた。

    油断した結果、俺は遺跡を観光中にまんまと財布をスラれ、無一文になって警察署のオフィスで被害届を書いてもらっていた。
    旅慣れたつもりだった俺は、いかにも旅慣れぬ観光客が遭いそうな典型的なスリにひっかかってしまい、実にシュンとした気持ちになって警官の前に座ってうなだれていた。

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    年の瀬迫った12月中旬、虫好きの音楽家C氏のタイ〜カンボジアでの採集旅行に同行させて頂いた。C氏はムシ、俺はメシと、それぞれ主目的は違うのだが、ここ最近俺は旅先での昆虫写真撮影の面白さに下手クソながらもはまりつつあり、とりわけツノゼミという小さな生き物の面白さにすっかり魅了されていた。ツノゼミを追いかけて長年各国を回り続けているC氏に同行するとなれば、虫に関してはズブの素人の俺でも色々な種に遭遇出来るチャンスがグッと広がるだろう。
    そして日中の虫探索の後は本場のカンボジア料理とやらを存分に堪能してやろう。そんな素敵な魂胆を胸に俺は日本から旅立った。
    成田空港からバンコクに到着し、シラチャの街で二日ほどなまずのラープやらひまわりの新芽炒めやらを食いちらかした後に陸路でカンボジアへと向かった。
    このなまずのラープがまたとてつもなく美味いのだが、これについて書き始めたら果てしなく長くなってしまうので割愛する。
    国境ではビザを申請するため、デスクに座って書類に必要事項を記入。目の前にはカンボジアの入国管理官が数人、なにやらギロリと威圧的な表情でこちらを見ていた。
    名前や国籍、生年月日などの必要項目を4割ほど記入したところで突然管理官が用紙をひったくって窓口の向こうの係官にポイと放り投げた。
    「もういい、よこせ。金払え!金!」
    なんだか釈然としなかったが、相手は入国管理官。
    もしここで何か難癖でも付けられたら、わざわざやって来たのにカンボジアに入国出来ないという最悪の事態が待ち受けているので黙って従う以外の選択肢は無い。
    規定の手数料よりも少々高いUSドルと若干のタイバーツをむしり取られ、なんとかビザを取得してカンボジアに入国。
    さっそくワラワラと寄って来たタクシーの客引き達の勢いに少々うんざりしつつ、ここはカンボジア馴れした同行者の方々に全てお任せして俺は思考停止。ボンクラ面で後を着いて歩く。
    対向車が来ているのに反対車線にガンッガンはみ出しながら高速で走るというカンボジアンスタイルのスリリングな運転でタクシーに揺られる事90分。シェムリアップの街に到着した。

    街に着いたらまずはメシである。シェムリアップ中心部にある繁華街「パブストリート」の中の一軒で数品を注文してカンボジアビールで乾杯。

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    「カンボジア料理」と聞いて、皆さんはどんな物を想像するだろうか。
    伝統的なカンボジア料理の事を「クメール料理」と呼ぶのだが、おそらく多くの人が具体的な物をイメージ出来ないだろうと思う。
    タイ料理の店なら日本にもたくさんあるし、ソムタム、ガイヤーン、トムヤムクンなど、比較的すぐに数品の料理を思い浮かべる事が出来るだろう。
    ベトナム料理だったらなんといってもフォー。野菜やハーブたっぷりでさっぱりとしたスープの米麺は日本国内においてもヘルシー志向の女性に人気のメニューだ。
    さて、カンボジア料理である。パッと具体的なイメージが沸くだろうか。

    今回初めて本場のカンボジア料理を食ってみた俺の第一印象はズバリ「腑抜けたタイ料理」である。
    タイ料理からエッジの効いたハーブ使いとシャープな辛さを抜いた、ぼんや〜りとした料理が俺にとってのカンボジア料理の印象だ。
    こう書くとなんだかネガティブなイメージを持たれてしまうかもしれないが、実はこれがなかなか悪く無いのである。
    アタック弱めのスパイス類と多用されるココナツミルクが、魚や鶏を主体とした旨味成分と相まって角の無い優しい味わいを作り出しており、実にホッとする家庭的な味なのだ。

    とりわけ気に入ったのがアモック。
    これはクメール料理の代表的なメニューで、白身魚をスパイスとココナツミルクで煮込んだものだ。
    店によって材料の配合に違いがあるようで、スープの様に汁気が多いものもあれば、まるで茶碗蒸しの用にプルンと固まったものもあった。
    柔らかなスパイスの香りと酸味、甘味のバランスが絶妙で、これぞカンボジア料理といったホッとする優しい味わいでどちらも美味い。

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    多くの料理の要となっているのがプラホックである。
    プラホックとは淡水魚を発酵させたペースト状の調味料で、日本で言うと熟れ鮨(なれずし)が近いだろうか。
    ドロリと白濁して強烈な臭気を放つその味は塩気と旨味の固まりである。
    市場に行くと場内がこのプラホックの臭いで充満しており、好き嫌いがはっきりと分かれる食材だろう。
    クメール料理の多くにこのプラホックは使われており、さしずめ「魚で作った味噌」といったところだろうか。
    基本的には出汁のように料理のベースに潜んでいるもののようだが、こいつを存分に味わえる料理が「プラホック・クティ」や「トゥック・クルン」などだろう。
    「トゥック・クルン」はプラホックを焼き魚とともに砕いて湯を加え、ライムをかけたもので、「プラホック・クティ」は豚などの挽肉とプラホック、野菜をココナツミルクで炒めたもの。
    どちらも生野菜、温野菜と共に供されるのだが、これがなんというかまあ実にクセになる。口に入れた瞬間に発酵食品特有の臭気が鼻腔にシュッと抜け、熟成した魚の旨味が舌をぬるんと包み込む。
    野菜につけて良し、メシにかけて良し。古今東西「臭いものは美味い」のである。

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    カンボジアは麺類も美味い。
    朝飯に食ったのがクイティウという米麺だ。
    クイティウといえばタイの汁麺とほぼ同じ発音だ。果たしてどのような違いがあるのだろうかと期待しながら待っていた俺の前に、運ばれて来た丼がドデンと置かれた。
    早朝の露店で食ったのでスープの表面には朝日が反射してキラキラと光り輝いており、ただの汁麺なのだがなんだか神聖な食い物を前にしている様な気持ちにすらなった。
    俺が注文した牛肉のクイティウには赤味の残る半生の薄切り肉と牛肉団子がトッピングされていた。
    「まるで、神の御前に尊き生贄を捧げているかのようだ」
    大袈裟な事を思いながらも、まずはスープをススッと飲んでみる。澄んだ色でさっぱりとしつつも野菜の旨味と動物系出汁がしっかりと効いているその味わいはベトナムで食ったフォーに近い様な気がする。
    添えられていた小皿の生もやし、豆味噌のようなドロリとしたペーストを入れ、さらに卓上に備えてある魚醤や唐辛子酢を加えて最後にライムをギュッと絞る。
    最終的に自分で味を仕上げるのはタイと同じスタイル。
    早速麺をズゾゾと啜り込む。納豆に似た香りの豆味噌ペーストがスープにマッチして、舌触りの良い米麺はスルリスルリといくらでも飲み込めてしまう。
    半生の薄切り牛肉も良いが、牛肉団子がこれまた美味い!軟骨が入ったポリプリとした小気味良い歯触りと共に牛の凝縮された旨味が口の中に広がり、これをつまみにして朝っぱらからビールが欲しくなる。
    ちなみにこの牛肉麺の名は「クイティウ・サイッ・コー」。うっかりすると駄洒落を言ってしまいそうな危険をはらんだ名前である。油断出来ない。

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    街を歩いていてよく見かけたのがしじみ売りの屋台だ。
    平台の上に並べられたしじみはなにやら甘辛そうなタレにからめられており、実に食的好奇心をそそられるルックスである。
    早速買い求めてみると、おばちゃんがザザッと空き缶にすりきり一杯すくってビニール袋に入れてくれた。
    値段は2000リエル。現在の日本円にして60円ほど。
    しじみは全てガチッと口を閉じているので完全には火が通っていないのだろうか。
    教えて貰った通りのやり方で貝の根元にスプーンの柄をねじ込み、グリッと回すと梃子の原理でパクリと貝の口が開く。
    中からジュルリと汁気をまとった半生の身が現れる。これを汁もろともチュルンと口で吸うと「これぞ貝!生の!」といった身も蓋もないストレートな味わいの一瞬後に塩気と砂糖の甘味と唐辛子の辛味が順番にやって来て、これまた思わずビールをガブリと飲みたくなる。
    気温30℃を超える炎天下で売られている半生の貝である。少々の不安はあるっちゃああるのだが、一つ食べたらまたひとつ、そしてまた一つと、手と口の周りをベットベトにしながらも止められなくなる魔力的な味わいだ。
    「貝をこじ開けて、チュルリと吸って食べる」
    この一連の動きも含めての美味さだ。その点においてはピスタチオや枝豆に似た性質の美味さなのかもしれない。
    これが始めから貝が開けられていて、身だけを皿に山盛りで出されても大して美味くは無いだろう。
    帰国後に調べた所によると、多くの日本人がこれを食って「あたった」「腹を下して苦しんだ」という報告をネットなどにあげているので現地で食う際は自己責任で。

    街中には虫屋台も出ており、コオロギや小ヘビの素揚げなどが売られているのだが、それらに混ざってたいていタランチュラの丸焼きが並んでいる。
    幼少時から蜘蛛恐怖症を患っている俺にとってはボンヤリと歩いていると思いがけず至近距離で恐怖の対象を目撃してしまう事がままあり、この点においても全く持って油断出来ない。

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    メシが充実していればムシも充実していた。
    12月で数は少な目とは言え、アンコールワット周辺のフィールドを探索したら実に様々な昆虫に遭遇する事が出来た。
    これはもちろんC氏が長年に渡る経験で培った観察ポイントに同行させて頂いたおかげであり、素人にはなかなか見つける事の出来ないカネジャクツノゼミや、アカシアツノゼミ、ヘビツカイツノゼミなど、いままで図鑑などでしか見た事が無かった種を間近で観察する事が出来たのはとても嬉しかった。
    中でもミドリズキンツノゼミは俺のお気に入りで、つがいで並んでいる姿は実に可愛らしい。
    他にも葉っぱに擬態したバッタや、ログハウスのような不思議な姿のミノムシなど、実に魅力的な昆虫たちに遭遇する事が出来た。

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    そんなこんなで日々楽しくて浮かれていたのだろう。
    ある日俺は財布を失くしたのである。
    財布が無い事に気がついたのはとある遺跡を観光してからしばらくした後。トゥクトゥクに乗って昼食へと向かう道すがらだった。
    最初は虫観察中にうっかり落としたのだと思い、心当たりのある数カ所の草むらに戻って探してみたのだが見当たらなかった。
    一応念のため、クレジットカード会社に連絡してカードの機能を停止してもらう事にした。
    電話の向こうではカード会社のお姉さんが馴れた感じで手続きを進めてくれた。
    「お客様、本日カードはご使用になられましたでしょうか?」
    「いえ、一切使っておりません」
    「2時間ほど前に2件、使用した記録がございます」

    サッと血の気が引いた。

    「えーと、僕は使っていないのですが、ちなみに金額はいくらでしょう?」
    「一度目が980ドル、二度目が480ドルです」

    合計1460ドル。日本円にして17万円ほどである。

    やられた。

    失くした財布は人知れずどこかの草むらの中にあるのだとばかり思っていたが、2時間前といえば遺跡に到着した直後だ。
    恐らく観光客の人混みの中でズボンの後ポケットから抜かれ、すぐさま使われたのだ。
    しかし、盗まれたとわかって完全に諦めがついた。
    これはもう、いくら探したところで100パーセント見つかる事は無いのだ。
    やるべき事は、適切な事務処理である。

    クレジットカード不正使用の保障手続きについて日本のコールセンターとやりとりした結果、現地の警察で被害届を出してコピーを入手する必要があるとの事。
    早速ツーリストポリスのオフィスへと行くと、だるんとした午後の空の下、警官達は屋外のベンチでユルリダラリと何をするでも無く過ごしていた。
    誰も居ない部屋の椅子に座って待っていると、少々面倒臭そうに一人の警官がやって来て言った。

    「何しに来たの?」

    遺跡で財布を失くした事を伝えると、警官は興味無さそうにフームと考え、こう言った。

    「で、どうして欲しいの?」

    この一大観光地で失くした財布が戻ってなど来ない事はわかっている。相手ももちろんわかっている。
    必要なのはカード会社に提出するための一枚の被害届のコピー。
    だが、それを説明する言葉がまったく出て来ない。
    アウアウしながら「えーと、じゃ、とりあえず探してください」と伝えると、「はあ、そうすか」といった感じで警官は調書に記入を始めた。
    失くした場所、時間等を伝えた後、調書のコピーが欲しいと身振りを交えて伝えると、警官はより一層面倒臭そうな表情になって言った。
    「いまちょっと出来ないから、明日また来て」
    「いや、お前絶対暇だろう。やれ、いま」思っただけでもちろん口には出せず、素直に従って建物を出た。

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    C氏に少々のUSドルをお借りしてなんとかその後の旅は過ごす事が出来た。これが一人旅だったらと思うとゾッとする。
    海外でカード類を全て紛失し、手持ちの現金の残額を計算しながら過ごすと言うのは実に心細いという事を思い知った。
    そして、カンボジアの人はタイに比べて少々油断ならないという事も。

    シェムリアップが一大観光地という事もあるのだろうが、なんだか行く先々でいちいち小銭をせびられ、客引きにまとわりつかれるのである。
    ある日寺を見物していたら、本堂の入口の椅子に座っていたさも「寺の人間」然とした男が声を掛けて来て、ノートに記帳をするように促された。
    なるほどここでは記帳が必要なのかと名前を書くとすぐに「うんちゃかんちゃらの為に寄付をお願いします」と。
    うんちゃらかんちゃらの部分がなにやら不明瞭だったが、こういった寺は寄付で保全されている事も知っているのでとりあえず1ドルを手渡すと男は合掌しながら「アリガトウ」と深々と頭を下げながら片言の日本語で礼を言った。
    と、向こうから本物の僧侶がやって来るのをみるやいなや、突然そそくさと男は逃げて行った。
    俺は何度も東南アジアを訪れてはいるが、基本的には騙されやすい人間なので未だにこういったチョイチョイとしたやつにひっかかってしまう。
    その度に「また経験値が上がった」と自分に言い聞かせてはいるのだが、RPGのモンスターレベルに例えればスライムベス程度の雑魚である。あまり足しにならないので多く積みたくは無い経験ではある。

    観光地での客引きはタイでもベトナムでも当たり前の光景なのだが、シェムリアップの客引きは少々圧が強いというか、距離感が近過ぎるような気がする。
    街を歩けばトゥクトゥクの運転手が10メートルおきに声を掛けて来る。「タクシー!ドコイクー!ノルー!」
    土産物屋の前を通れば「オニサーン、オニサーン!ヤスイー、ミルダケタダー!」Tシャツの袖をグイッグイ引っ張られるのである。
    マッサージ屋の前を歩いていたら「キモチーネー!5ドール!マッサー!」なんだかやたらにヒゲの濃いお姉さんたちがワラワラと寄って来るのである。
    「あー、えっと大丈夫です」
    日本人特有の曖昧な返事をして先に進もうとしたら
    「ウキャー!」
    突然ヒゲ姉さんが何やら奇声を発しながら俺のおっぱいを揉みしだいて去って行った。
    まったくもって油断出来ないのである。

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    そんなこんなで喧噪に疲れ、あまつさえ財布まで失って傷心の俺は、とある有名遺跡群のはずれのはずれ、朽ち果てて訪れる人もあまり居ないという小さな遺跡を訪れた。
    なるほど、確かに人っ子一人居らず、手入れをされないまま朽ち果てた、遺跡と言うよりも「瓦礫」と言う方が近い様な建造物たちが夕陽を浴びて寂し気に佇んでいた。
    実に良い。こういう場所でひとりぼんやりとしたかった。

    遺跡の裏側に歩いて行くと、なにやら子供達の楽し気な声が聴こえて来た。
    大きな木に5人ほどの子供が登って、枝を揺らしてキャッキャと遊んでいた。
    その中の二人、女の子と男の子が俺の姿を見るや枝から飛び降りて笑顔でタタタと走り寄って来て「どこから来たの?」「名前は?」と矢継ぎ早に話しかけて来る。
    二人は俺の前をスキップして歩き、ケラケラよく笑いながら遺跡のガイドを始めた。
    「これは○百年前に作られて、○○の神様が祀られているんだよ」
    「ここには昔、○○の仏像があったけど今はもう台座しか残っていないんだ」
    子供達の英語は流暢で、俺の貧弱なリスニング能力ではとても追いつけないレベルだったが、彼らの人懐こい笑顔を見ているだけで充分楽しい気持ちになった。
    数々の朽ちた遺跡群を一緒に回り、最後に彼らは俺を小さな祠の中に招き入れると急に神妙な表情になって話し始めた。
    「毎日学校に通って勉強しているんだ」
    「これ、ぼくらが学校で使っているノート」
    手渡されたノートをペラペラとめくると、クメール語と何やら数式が書かれたページが続いている。算数の授業で使ったのだろうか。
    「へー、すごいねえ。えらいえらい」
    彼らはエヘヘと照れたように笑い、「スゴイネエ」と俺の言葉を真似た。
    と、ノートの最後のページをめくると、英語でこう書いてあった。

    「子供達が教育を受け続けるために、寄付をして下さい」

    予想通りの結末なので何の驚きもなかったのだが、いかんせん俺は財布を失くしたばかりである。
    「ごめんよ、俺は財布を失くしちゃって、お金がないんだ」
    子供達は途端に悲しそうな顔になり、俺も悲しい気持ちになった。
    「悪いんだけど、これしかあげられないんだ」
    俺はポケットから1ドル紙幣を出して渡した。
    「お願い、私とこの子、ひとり1ドルずつ頂戴。お願い」
    懇願する女の子に負けて俺はもう1ドルを渡した。

    彼らはさっきまでの笑顔とガイドで、報酬を得るに充分な働きをした。
    最終的にどこに流れる金なのかは知らないが、数ドルくらいは気前よく払ってあげたい気持ちになっていた。
    しかし手持ちの現金がほんとうに僅かだったので今の俺にはこれが精一杯だ。

    子供達は「アリガトウ」と言ってドル紙幣を握りしめたまま走り去って行き、俺は誰もいない遺跡の中にひとり取り残された。
    少々グラグラする遺跡のてっぺんに座り、逞しい子供達の未来に幸あれと願いながら俺はしばらくぼんやりと景色を眺めていた。
    俺の財布を盗んだ奴も、昔は彼らの様な子供達だったのかなと思うと何故だか少しだけ許せる様な気持ちになった。

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    数時間後、俺は再び訪れた警察署のカウンターに座り、被害届のコピーが出来上がるのを待っていた。
    警官はペタンペタンと数カ所にスタンプを押し、コピーを封筒に入れて俺に渡してくれた。

    いろいろあったが、俺はカンボジアという国が好きになった。
    少々押しが強く、いちいち小銭をせびられる事も多いが、基本的に人当たりは柔らかいし人々はよく笑う。
    美味いメシがあるし面白いムシもいる。
    俺はきっと近いうちにまた訪れる事だろう。
    変に旅慣れたつもりにならず、次回はしっかりと万全の態勢で臨もう。
    まあ、いざとなればこうして警察の人達にも頼れる事だし、油断さえしなければ大丈夫だろう。

    俺は警官から財布紛失の証明書類を受け取り、礼を言って深々と頭を下げた。
    と、建物から出ようとする無一文の俺を警官が後ろから呼び止めてこう言った。


    「あのさあ、チップくれない?」


    やはり、この国は油断出来ない。



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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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