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    喜寿を迎えた両親を祝うため、横浜にある老舗有名中華料理店の個室に一族が集合した。

    代々薬学関係に従事する者が大半を占めている我が家系の中、言うまでも無く俺はダントツ一番の落ちこぼれポンコツ人間なので、一族が一同に会するこういった場には出来る限り顔を出したくは無い。
    堅き事を何よりも良しとする人々の中、40代も半ばに差し掛かって未だ独り身の浮草稼業でプラプラしている様な俺は、実に肩身が狭く居心地が悪いのである。

    とは言え、喜寿を迎えただけあって両親も高齢だ。
    ここ最近は父母それぞれ様々な病を患っており、こうやって一族全員で集まる事が出来るのもこの先そう多くは無いだろう。居心地の悪さなどを理由にして敬遠していたら、数年先になって後悔する事になるかも知れない。
    そんな思いもあったので渋々ながら今回は俺も顔を出し、しかし目立たぬ様に存在感を薄めに薄めて気持ちの上では半透明な姿になって末席にひっそりと幽霊の如く座ってはいたのだが、そんな異物感がむしろ一族からの好奇の視線を集めてしまってやはり居心地悪い事この上無い。

    思えばこの20数年、どんな生活を送っているのかろくに近況報告もしないで好き勝手にダラダラ生きて来た自分自身に責任があるっちゃああるのだが、

    「いったいどんな仕事をしているのか」
    「何故ろくに連絡をよこさないのか」
    「ちゃんと食えているのか」
    「何故いつまでたっても独身なのか」
    「人生プランは無いのか」
    「老後の事を考えているのか」
    「持ち家も無くフラフラしていていいのか」
    「俺がお前の年齢の頃にはもう」
    「保険には入っているのか」
    「健康診断は受けてるのか」
    「太り過ぎじゃないのか」
    「ちゃんとしろ」
    「バカ」

    等々、油断すると矢継ぎ早に色々な質問が四方八方から飛んで来て、やがて質問は説教へと変わる。
    そんなこんなを回避する為に、とにかくなるべく人々の視界に入らない様に身を縮こまらせて、テーブルの隅っこで気配を消してモソモソとメシを食うのである。
    そんな俺の隣に、同じくひっそりと気配を消しながらメシを食う一人の男子。
    甥っ子である。
    現在大学生のこの彼は一族の新世代の最年長者であり、将来を嘱望されて薬科大学にも見事現役で入学したのだが、「ぼんやりしていたおかげで一年生を二周することになってしまった」という、これはまあ世間ではよくある微笑ましい事態ではあるのだが我が一族に於いてはなかなかの失態を犯してしまい、新世代のエースの座から陥落して現在少々肩身の狭い思いをしている。

    こいつは中学に入学した頃から思春期男子特有の「家族とは殆ど口をきかず、基本的に家では部屋に籠り気味」のアレになったのだが、何故だか俺には少し興味を持ってくれているようで、年に一度、俺が瞬間的に数時間帰省した際などには一緒に犬の散歩に出て、特に何を話すでも無く深夜の海沿いの道をブラブラと歩き回ったりした。
    まあ「あきらかにまともな仕事には就けて無さそうな、いい歳してなんかヨレヨレした格好でプラプラしてるおじさん」が物珍しかったのだろう。
    そんな甥っ子と隅っこに肩を寄せ合ってひっそりと座り、「いいか、カップラーメンの残り汁は一度には飲み干さず、冷や飯と一緒に小鍋で温めて卵で閉じるとだな」などと40をとうに過ぎた大人が前途ある若者に向けて語るにはあまりにも貧乏臭い話をしながら豪華なコース料理に舌鼓を打った。

    コースはさすがに老舗有名店だけあって、次から次へと手を凝らした珠玉の逸品が運ばれて来た。
    盛り付けの段階で既に工芸品の様にテラッテラした輝きを放っていた料理の数々はどれもこれも実に上品かつ繊細で美味しかったのだが、
    俺の貧相なボキャブラリーでは頑張って言葉をひねり出して説明しようとしたところで

    「なんらかの肉を、どうにかした物」

    としか表現出来ないのが我ながら残念だ。
    せめて写真でもお見せ出来れば良いのだが、この様な場でカメラを取り出してメシの写真をパシャパシャ撮り始めたら一族からの無駄な注目を更に集めてしまう事になる。
    なるべく気配を消し、ササッと食って、心の中でワアワア喜んでいたのでこの日のメシの写真は一枚も無いのである。

    そんなこんなであらかた料理を食い終わり、孫達からの花束の贈呈などがあり、予定通りの「良い雰囲気」になったところで最後に一族全員での記念写真を撮ろうという事になった。
    両親がずいぶんと旧式なデジカメを取り出して、給仕の方にシャッターをお願いしている時に俺はハタと思い立った。

    俺が家族の写真を撮影した事が、いままでの40数年間の人生の中であっただろうか。いくら記憶を遡っても、ただの一度も無いのである。
    そして俺は家族の集合写真という物を、一枚たりとも手元に持っていない事にも今さらながらに気がついた。
    この先、全員が揃って集まれる機会はあと何度あるだろうか。今回が最後では無いという保障などどこにも無い。

    家族がみんなで集まっている記念写真を一枚、手元に残しておきたい。

    生まれて初めて、そんな気持ちになった。
    自分でも意外だった。俺も歳を取ったという事だろうか。
    俺はなんだか不思議な感情に突き動かされた。


    「あ、みんなの写真なら、俺が撮るよ」


    普段は末席で半透明になっているポンコツが珍しく率先して名乗り出たので、一族の面々の表情には明らかな驚きが伺えた。
    酒の勢いにも少々背中を押されていた俺は、自分のカバンから買ったばかりのミラーレス一眼を取り出してズズイと前に出て、あろう事か場を仕切り始めた。
    「俺のカメラで撮るから、そんな汚いカメラはとっとと仕舞っちゃいなさい」
    「ボサッとしてないで全員そこに並んで、はい、前の人は椅子に座って背筋伸ばして!両脇の人はもう半歩内側に!」
    「硬い硬い!ダメだそんなんじゃ。笑顔!」
    ある程度の画角を決め、給仕の方にカメラを渡してシャッターをお願いして列の後方に入り、指示を出す。
    「オートフォーカスだからそんなに気にしないで大丈夫。そのまま何回か連続で押して下さい!」「3、2、1、はい!」「もう一枚!」
    時々ファインダーを確認する為にカメラと一族との間を往復し、指示を出し、撮影を繰り返す事数回。数十回はシャッターを押しただろうか。
    一通り撮り終えた俺はカメラをバッグにしまいながら一族に言った。

    「ま、写真は後日ちゃんと仕上げて送るから。楽しみに待っているように」

    ポンコツの一言に、一族の面々は「ほう」という感心した様な表情を浮かべた。
    なんのかんの言ってもグラフィックデザイナー歴20年の俺である。写真の扱いはお手の物だ。
    プロの技術でバッチリと画像を整えて、綺麗なポートレートに仕上げて贈ってあげればさぞかし喜ばれるだろう。
    一族内での最下層カースト「正体不明のポンコツ出来損ない」からの名誉挽回の、またとないチャンスである。
    この様な一族の集う場で、ほんのりとではあるが珍しく一瞬だけ輝いた俺を見て、甥っ子も心無しか嬉しそうな表情を浮かべていた気がする。


    一族の面々と別れて一人東京の自宅へと戻った俺は、身にまとったほのかな輝きが完全に消えてしまう前に、早速パソコンに本日の写真データを取り込む作業を始める事にした。


    カメラにメモリーカードを入れ忘れていたので、この日の写真は一枚も保存されていなかった。


    俺はまた当分の間、一族との連絡を絶つ事にした。




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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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