ハギスとソーセージ

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    時刻は午前二時をまわろうとしていた。
    英国エジンバラのホステルの薄暗い共有ラウンジスペースで、俺は眠い目をこすりながらノートPCに向かい、日本から持って来た仕事の続きを黙々と進めていた。
    深夜という事もあり、この広々とした空間に居るのは俺と、すぐ横のソファでいちゃついている一組の白人カップルだけだ。

    いくつものテーブルやソファが並び昼間は多勢の人々で賑やかなこのラウンジだが、今は俺がキーを打つ無機質な音と、カップルの甘い囁きと湿っぽい吐息だけがミスマッチな混ざり具合で断続的に響いている。
    ちらりと横目で伺えば、彼らはお互いの服の下に手を入れてまさぐり合い始め、いよいよ二人だけの愛の世界に没入しつつある。
    「部屋でやれや」
    吐き捨てる様に日本語で呟いてしまったりもするのだが、この宿の部屋は全て、微妙に幅の狭い二段ベッドがズラリとならんだドミトリーである。
    彼らも俺も、目的は違えどもこのラウンジスペースに来るしかないのだ。

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    ここ数年の俺の夏は、世界三大演劇祭の一つである「エジンバラ・フリンジフェスティバル」に清水宏という少々頭がおかしいコメディアンが単身挑戦し日々苦闘する様を撮影する為、英国スコットランドのエジンバラくんだりまでやって来て過ごすのが恒例になっている。
    こちらで撮影したドキュメント映像は帰国後に編集し、日本各地で公演する報告ライブの劇中で上映される。
    この舞台映像の出来がライブの印象を左右する重要な要素の一つでもあるので、演者では無い俺も連日かなり気を張ってカメラを回し続けなければならない。
    「完全アウェーの地で、ネイティブの観客達を相手に英語のみで1時間のコメディを毎日」。
    そんな心身共に削られ続ける日々を2人で過ごすのはなかなかに過酷であり疲労消耗が激しい。ゆえに数少ない味方同士の筈なのに、ちょっとした意見の違い等から時に殺伐とした関係になってしまったりもする。異国の地で、感情の行き場逃げ場がお互いに無いのである。
    そんなこんなでただでさえ大変なのだが、かてて加えて俺にとっては現地で大きな問題がある。
    それは何かと言えば、イギリスのメシが不味い事である。
    もう一度書こう。メシが、不味いのである。イギリスは。

    もちろんレストランなどでそれなりの金を支払えば美味いメシを食う事は出来るのだろうとは思う。
    しかしただでさえ物価の高いヨーロッパ。そして円安の昨今である。街の屋台でちょっとした軽食をテイクアウトするだけで東南アジアのそこそこのホテル1泊分ほどの金が飛んでしまう。
    見ず知らずの人々と相部屋で宿泊せざるを得ない様なカッツカツの経済状況の俺が、高い金を支払って食の探求に勤しむ余裕など英国の地に於いては微塵も無いのである。
    仕方無く、宿の共有キッチンで自炊するという事に相成るのだが、作る物と言えばスーパーで買って来た安肉と端切れの様な安野菜をジャジャッと炒め、塩胡椒で味付けるだけの工夫の無いシンプルなメシだ。
    主食はジャガイモである。最も安価な小ぶりなジャガイモをこれまた山程買って来て、湯を沸かした鍋にボンボコ投げ込んで茹で、片っ端から塩をかけて手掴かみで貪り食う。
    「飢えを満たす」という為だけの、食の喜び要素には著しく欠けるメシである。
    日程後半にもなると、心身共に削られ消耗した俺と清水氏が殺伐としながらテーブルに向かい合い、間に置かれた山積みの芋を無言でひたすら貪り食い続ける。そんな姿を他の宿泊客は怪訝な表情で遠巻きに眺める事になるのである。

    毎日そういった食事ばかり続けていたらさすがに気力が衰えて来てしまったようで、いよいよ明日が千秋楽というラストスパートが必要な日に、なんだかグッタリと疲れが出てしまった。
    こんな事ではいけない。最後の一踏ん張りの為にはメシでパワーを補充しなくてはいけない。
    てな訳でここはひとつご当地グルメとやらを堪能して英気を養ってやろうと思い立った。

    スコットランドの名物と言えば「ハギス」である。
    これがどんな物なのか、ざっくりと調べたところによると「羊の胃袋にミンチやら麦やらハーブやらを詰め、蒸すだか焼くだか煮るだかしたスコットランドの伝統料理」だそうだ。
    ざっくりと調べ過ぎたのでいまひとつ全貌が見えて来ないが、独特の臭みを敬遠する人の多い羊肉も内臓も、どちらも俺の大好物である。望む所だ。
    ネットで検索し、近隣でハギスを食べる事が出来るレストラン情報をピックアップし、早速向かってみる事にした。

    その日、街はフェスティバル最後の週末という事もあり、人でごった返していた。
    まだまだ陽が高い夕方前、人混みをかきわけつつ歩いて目当てのレストランに到着した。
    歴史を感じさせる石造りの二階建てレストランは早い時間から盛況である。
    店先に置かれたメニューをパラパラとめくって、ハギスがある事を確認するも、
    「高いな・・・」
    表記された値段を見て思わず声に出してしまう。まあ日本円にしてせいぜい2000円弱ほどであり、特にべらぼうな値段でも何でも無いのだが、連日安クズ肉と端切れ野菜をどうにか料理して数日分の食事にするという生活を送っていたおかげですっかり感覚が貧しくなり、あろう事か「スコットランドの伝統料理を、現地の老舗レストランで食す」という貴重な機会にも二の足を踏んでしまう程に、俺の食への探究心は麻痺してしまったのである。「貧すれば鈍す」とはまさにこの事だ。
    店内の客達もまた、俺に入店を躊躇させるに余りある紳士淑女っぷりである。
    心身ともに荒みかけ卑屈な気持ちになっていたので余計にそう見えただけかも知れないが、それにしても小綺麗な西洋人達が優雅に食事を楽しんでいる真っただ中に、ヨレヨレTシャツにサンダル履きの明らかに汚らしい日本人中年男がひとりで紛れ込むのはやはりどうにも気が引けてしまう。
    俺はレストランにくるりと背を向け、来た道を戻る事にした。敵前逃亡である。

    そのままスーパーに向かい、俺は冷凍食品コーナーの棚から一つの商品を手に取った。
    「ハギス」である。
    日本円にして500円前後。このリーズナブルな冷凍食品のハギスを買ってホステルに戻り、キッチンの電子レンジでチンして食べる事で、とりあえず今回のご当地伝統料理クエストをクリアしてしまおうという魂胆だ。
    山盛りのミンチ肉の隣にマッシュポテトが添えてあるパッケージ写真は悪く無い。むしろなかなかに美味そうだ。
    「こないだ見たテレビ番組では、プロの料理人ですら冷凍食品のチャーハンの見分けがつかない位だったからな」
    数ヶ月前にたまたま見たバラエティ番組の記憶を無理矢理掘り起こしてぶつぶつと呟き、自分に何かを納得させる。

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    ホステルに到着した俺は、さっそくキッチンの電子レンジに冷たいハギスの箱を放り込んで、適当な分数をセットして出来上がりを待った。
    時間が経つにつれ、動物性の脂がチュクチュクと熱せられる小気味良い音が聞こえてきて、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり始めた。
    調理完了を告げる電子音が高らかに鳴り響き、待ち構えていた俺はすぐさまレンジの扉を開けた。
    箱を取り出して皿に載せ、熱々のパッケージを破るとついにハギスが俺の前に姿を現した。
    びっくりするほどパッケージ写真とは異なるその姿を。

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    「なんか、雑!」

    叫ばずにいられなかった。
    セガサターン発売当初あたりの時代の、ざっくりとした粗いポリゴンのCG映像が頭に浮かんだ。
    初代バーチャファイターに「ハギス」が登場していたら、こんな感じで表現されたのかも知れない。そんなあまりにも雑な物体が目の前に現れた。

    しかし匂いは悪く無い。熱せられた動物性油脂と各種香辛料の香りが混ざり合って、なかなかに食欲をそそられる。
    俺はミンチとマッシュポテトらしきポリゴンをフォークですくい、口に運び、味覚神経をフル稼働してスコットランド伝統料理を味わった。

    「うん、不味い!」

    迷い無く、全ての人に宣言出来る味だった。が、人様にその味を伝える適当な言葉がみつからない。「不味い以上でも以下でも無い、ジャストな不味さ」とでも言えば良いだろうか。

    しかしどんなに不味くとも貴重な栄養源である、もちろん全て残さず平らげた。
    そしてまだまだ満たされない空腹を埋める為に結局また今日もじゃがいもを茹で、くず肉くず野菜炒めを作っていたらいつの間にかやって来た清水氏がいつもの様にしれっとテーブルにスタンバイしてメシの出来上がりを待っている。「お前作る人、俺食べる人」といったその風情に軽くイラッとしつつも、俺はフライパンを振った。
    そして大皿に盛られた家畜の餌の様な夕餉を、今日も二人無言で貪り食った。
    ほんのりとした殺伐さを感じ取った人々が、またしてもそれを遠巻きに見ていた。


    そんなこんなで明日の千秋楽に備えての英気は特に養われる事は無く、ぐったりとした気持ちのままグズグズと時が過ぎて深夜になり、白人カップルがいちゃつく薄暗いラウンジで俺は仕事をしていたのである。
    夜が深まるにつれ、増々二人は盛り上がり始めた。
    湿っぽいエロスが満ち満ちてくる空気の中、居心地の悪い事この上ないのだが、
    「ここで去ったら負けだ」
    そんなよくわからない対抗心すらも沸いて来てしまった。
    ウフだのアフだのといった声とともに俺のパーソナルスペースをジワジワと浸食してくるエロスに負けてなるものかと、俺は意固地になって高らかにキーを打ち鳴らして作業を続けた。

    それにしても、である。
    これは全くもって勝手な思い込みではあるのだが、白人というのはなんていうかこう、性に関してもっとカラリとあっけらかんとしている人種なのではないだろうか。
    例えて言うならば大自然の中で、太陽の光を燦々と浴びながら笑顔でセックスする様な。
    こんな深夜の暗がりで、湿っぽい囁き声と共にネットリといちゃつくなんてのは、彼らに取ってあるまじき行為なのではないだろうか。
    まことに勝手ながら、彼らの性生活はアジア的湿度とは対局の、オープンで見も蓋も無いスタイルが基本であって欲しいと俺は常々思っている。甚だ勝手ながら思っている。

    勝手に思ってろと言われてしまえばそれまでだが、この個人的見解にはまあ理由がある。
    中学生の頃、家族が留守の真っ昼間に、8つ年上の兄の部屋にこっそり忍び込んだ俺が、兄のベッドの下から発見した一本のVHSのビデオテープがそもそもの発端である。
    テープに貼られた英文のインデックスにピンと来て、手に取った瞬間にそれが如何わしい物であると俺は確信した。
    破裂しそうな心臓の鼓動を全身で感じながら空前の期待感と共にテープをビデオデッキにセットして、震える指先で再生ボタンを押すと、ちょっと滲んだ様な色合いで俺にとって生まれて初めて観る洋物ポルノの映像がブラウン管に映し出された。

    「ピクニックにやって来た金髪姉妹が突然素っ裸になり、一本の長いソーセージを互いに挿入し合って繋がったまま、笑顔で大草原を走り去って行く」

    いろんな意味でどういう気持ちになったら良いのかわからない内容だった。
    しかし刷り込みという物は恐ろしいもので、初めて観た洋物ポルノがこの様な代物だったおかげで、世間的には明らかに間違っているであろう白人に対する勝手極まりない思い込みが俺の中に形作られてしまったのである。
    多感な思春期に染み込んでしまったイメージという物はなかなか消える事は無いのだろう。

    余談ではあるが、今年の春先あたり、仕事中に何の前触れも無く
    「そうか!あいつら双子だからソーセージだったのか!」
    と、およそ30年の時空を超えて何故か突然のひらめきで謎が解けてひとり大いに盛り上がり、深夜に仕事部屋で軽く跳ねたりしたものだがそれはまあどうでもいい話。
    そしてその二分後に
    「でも、双生児って日本語じゃん」
    と、ぬか喜びだった事に気づいてえらいことガッカリしたりもしたものだがそれもまたどうでもいい話。

    疲れて消耗していたせいだろうか、異国の深夜のラウンジで、そんな過去と現在のどうでもいい記憶ばかりが脳裏に去来し始めた。
    横のカップルはますます盛り上がる一方である。
    もはや俺など存在していないかの様に、フンだのハンだの声をあげ、あまつさえベチョベチョと水分多めの音を立てながらキスをし始めた。
    太陽の下であっけらかんとセックスする様な、白人のあの明るく軽き性精神を忘れてしまった、愚かな奴らだ。
    疲労がピークに達していたのだろう。俺は理不尽な憤りを制御出来なくなりつつあった。
    「もう、負けでいいや」
    勝手に抱いていた白人の性のイメージが目の前で湿り気を帯びたサウンドと共に崩れ去り、そしてなによりも俺は眠さに耐え切れなくなったので、ノートPCをパタンと閉じて狭い二段ベッドの並ぶ部屋へと戻る事にした。
    お前ら、後はせいぜい勝手にやるが良い。


    翌日昼過ぎ、エジンバラでの千秋楽公演。いろんな事が起きた。それはもういろんな事が。
    何が起きたのかは清水氏の公演の中で事細かに語られるだろうから詳細は割愛する。是非ともどこかの会場に足を運んで頂きたい。しかしとにかく疲れた。消耗した。
    好きでやっている仕事とはいえ、笑いを作り出す現場と言うのは斯様に過酷なものなのか。と、改めて思い知ったがそれでもなんとか最後の気力を振り絞って撮り切った。

    何はともあれすべての日程を終えたのでさて打ち上げで乾杯!なんてな流れが本来であれば自然である筈なのだが、何故か俺は撮影終了直後に居ても立っても居られなくなり、機材を背負ったままどんどん街を歩きに歩き、更に歩き、大通りを抜け、街を抜け、なんだかよくわからないが気づいたら郊外の山に登っていた。
    一刻も早く街から離れ環境を変えて、心身のバランスを取らねばどうにかなってしまうという脳の自衛作用だったのかも知れない。知らず知らずのうちにそこまで追い込まれていたのだろう。
    時にぬかるみに足を取られ、時にルートを間違えて岩肌剥き出しの急斜面を四つん這いで登り、汗でビッタビタになりながら俺は一心不乱に頂上を目指した。

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    1時間半程かけて急勾配を登り切り、山頂で強い風に吹かれながら、彼方に見えるエジンバラ市街を眺めた。
    空気を胸一杯に吸い込んでゆっくりと深呼吸をした。
    ようやく人心地ついて、いろいろと溜まっていた澱のようなものが少しずつ浄化されて行くのを感じた。
    慣れないホステル生活や様々なストレスも手伝って清水氏との間で殺伐と空気になってしまう事もあったが、全ては「公演を成功させる」という同じ目的に向かって進んでいるが故のこと。
    より面白い物を作る為にはある意味仕方無い衝突とは言え、お互いに自分の事をこなすだけで精一杯で余裕がなかったのだろう。
    俺に至っては挙句の果てに、ただ愛を育んでいただけの何の罪も無い恋人達に対してまで、己の思春期に刷り込まれた勝手なイメージに当てはまらないからといって理不尽に憤ったりする始末である。
    これに至ってはもう、ちょっとどうかしていたな。と思った。

    清水氏との様々な確執と共に、数十年間に渡って自分の深層に染み付いていた間違った勝手な思い込みも寛解した様な、そんな気持ちになった。
    他人にとってはどうでも良く些細な事かも知れないが、俺にとっては自分自身が一歩進み、なにか次の段階に入れたな、そう思える瞬間だった。

    これも自然のパワーという物だろうか。心身共にすっかりとリフレッシュ出来たので、帰りは雄大な風景を楽しみながら、ゆっくりと下山した。
    時刻はもう夕刻だが日本に比べて日没が遅いのでまだまだ明るく、思いのほか山の日差しは強かった。少し焼けた頬や鼻が心地よくヒリヒリしていた。

    メインの遊歩道からちょっと小道に外れて、静かな木立の中に立って上を向き、すうーっと胸一杯に空気を吸い込んだ。
    耳を澄ませばいろんな種類の鳥のさえずりが聞こえる。木々の間を通り抜けてそよぐ気持ち良い風を受けながら、茂った葉の間から見上げた空はとても青かった。
    よし、また明日から進んで行こう。
    なんだか無駄にポジティブな気持ちにさせられてしまう。おそるべし自然の力。

    ふと、木立の少し先に目をやった。


    大自然の中、太陽の光を燦々と浴びて、白人カップルが笑いながらセックスしていた。




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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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