あの子の牛乳

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    久し振りに牛乳1リットルを一気飲みし、そして腹を下した。

    40代も半ばになって何をやっておるのかと思われそうだが、つい数年前までは日常的にやっていた事だ。
    夏の暑い日など、水の代わりに冷えた牛乳を毎日ガブガブ飲んでいた。1リットルの紙パックなどものの十秒で飲み干したものだ。
    軽い気持ちで久々にやってみたらこの体たらくである。つくづく「我、衰えたり!」と痛感した。

    「中年は、冷たい牛乳1リットルを一気飲みすると、腹を下す」

    肝に銘じて、今後はほんのりと温めた牛乳を小洒落たカップで小分けにして、マカロンだかなんだかいう実体のないクシュクシュした菓子でも食いながらゆっくりと時間をかけて1リットルすするというカフェ好き女子の様な控えめな生活を送る事にする。


    小学生の頃、給食の牛乳を何本も飲んで得意気になっていたバカな男子がいなかっただろうか。
    俺である。
    なんだかわからないが、クラスで余った牛乳を片っ端から飲んでは「どうだ」とばかりの意味の分からない自慢顔をするのである。
    「牛乳瓶の蓋を口で開ける」「手を使わずに飲む」「二本同時に飲む」等々、心底どうでもいい技をチョイチョイ挟むのもこの手の男子の共通した特徴だろう。俺である。

    それだけ毎日カルシウムを摂っていたらさぞかし背が伸びるだろうと思いきや、俺は標準身長のままで、ただの肥満児になった。

    ムッチムチの子豚の如く太っていたので、放課後に自転車で商店街をタラタラ走っていたら見知らぬお爺さんが近寄って来て
    「ほほ、この子はよ〜く太っておるのう、ど〜れ」
    などと、半ズボンから出た太ももをねっとり丹念に撫で回されたりもしたものだが、今にして思えばあの爺さんはやっぱりアレだろうか。まあ、アレだろうな。うん。

    ま、そんなこたあさておき、クラスにはガブガブ牛乳を飲んでデブデブ太った俺の様なガキもいれば、食が細く、身体の弱い子供もいた。

    同級生にひとり、ちょっと虚弱体質の女の子が居た。
    彼女の肌はそれこそ牛乳の様に白く、髪は明るい栗色。パッチリとした目の、ムーミンに出て来る「ミー」にちょっと似た感じの可愛らしい女の子だった。
    彼女は病弱な様で学校をちょいちょい休みがちだったが、子供は特に気遣いなどはしないので、女の子が登校した際には普通に一緒に遊んでいた。
    ただあまり活発な動きは出来なかったようで、体育の授業の時、女の子はたいてい端っこにちょこんと座って見学していた。
    彼女は食も細く、いつも給食のパンや牛乳を食べ切れず残していた。
    当時の小学校に於いて給食を残すという行為は許されざる重罪で、野菜に興味の無かった俺などは昼休みも、その後の掃除の時間までも一人机に残されて、野菜とリンゴがヨーグルトで和えられた意味がわからないサラダなどを拷問の様に食わされたりしたものだが、その女の子に関してだけは何故だかおとがめ無しだった。
    不思議と「ずるい!」という感情は湧かず、早々に食事の手を止めてぼんやりしている彼女の横から俺は「もーらい!」と牛乳瓶をかっさらい、口でパコンと蓋を開けて飲み干しては誰一人として注目していないのに得意顔になったりしていた。

    相変わらず女の子が学校に来たり休んだりを繰り返していたそんなある日、教室でスケッチブックが回って来た。
    どうやら女の子は入院して、近々なにやら大きな手術をする事になったらしい。
    彼女を元気づけるため、クラス全員でそれぞれ絵を描いて贈ろうという事になったのだ。

    俺はスケッチブックの1ページを使って大きく、空を飛んでいるオバケのQ太郎の絵を描き、その手には牛乳瓶を持たせた。フキダシに「元気になってね!」と台詞を入れて、色を塗った。

    それから何日経っても、何ヶ月経っても女の子は教室に戻っては来なかった。

    先生も、親も、誰も何も言わなかった。
    俺は、「あの子はどうなったんだろうか」と思ってはいたのだが、なんだか聞いてはいけない事の様な気がして、結局誰にも尋ねる事は出来なかった。
    何もわからないまま日々は過ぎ、進級し、小学校を卒業し、やがて俺の記憶からも女の子はいなくなった。

    先日、牛乳を一気に飲んでいる時、ふいにあの時の女の子が俺の記憶の中に甦った。

    あの子はいま、どこにいるのだろうか。
    あの子はいま、どこかにいるのだろうか。

    牛乳を飲める様になっただろうか。
    もし飲める様になっていたなら、教えてあげたい。

    お互いもう40代も半ばなんだから、1リットルを一気飲みするとおなか下すよ。と。



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    Dennis Ivanov

    (デニス・イワノフ)

    日本人。
    グラヒックデジャイナー。
    twitter:Dennis Ivanov

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