ほい
仕事の打ち合せで、久し振りに都心のオフィス街まで行って来た。
最近の仕事はメールと電話のやりとりだけで進む事が多く、混み入った内容の案件でも無い限りは直接会って相談するという事が以前に比べてめっきりと少なくなった。請け負う仕事の中で、実際に会って打ち合せをするものは全体の1割程度だ。
他所様の会社に伺うというのはそれなりに緊張感があるもので、日頃弛緩しきった生活を送っている俺の様な人間には、真っ当な社会人とはどんなものかを思い出させてくれる良い機会になる。
すっかりと「ビジネスシーンにおける適切な格好」などというものを忘れてしまっている俺は、油断するといつも近所のスーパーに晩メシのオカズを買いに行くような格好で仕事先の会社に行ってしまう。
中央線沿線であれば全く問題無いのだが、都心のいわゆる「オフィス街」と言われるようなエリアにこのまま行ってしまうと、己のみすぼらしさをまざまざと思い知らされる事になる。
地下鉄を降りて地上に出たあたりで、明らかに普段の自分の生活圏とは違った空気である事を察知するのだが、ここで怯んでしまっては先に進めない。
なんかシャキシャキした人達がシャキシャキと往来する道の端っこに、影の様に貼付いて歩きながら目的のオフィスビルを目指す。
受付で名を名乗り、会議室に通され先方が現れるのを待つ間、毎回「しまった」と思うのだが既に手遅れだ。
数分の後、パリッとしたスーツに身を包んだ人達が会議室に入って来る。皆、シワの無いYシャツにキュッとネクタイを締めた、それだけでもういかにも「出来そう」と思わされる様な感じの人達だ。
一方の俺は謎の中年男性がプリントされた首もとダルンダルンのTシャツに、食べこぼしの染みがいくつも付いたヨレヨレのパンツ、穴の空いたスニーカーだ。2割の確率でスニーカーの裏にはガムが貼付いている。「裸じゃ無いだけまだマシ」というレベルの格好だ。
その時点でなにかもう「勝負あった」という感じだろう。
慌てて言い訳のひとつもしたくなる。
「ちょっと待って下さい、このTシャツにプリントされているのは"ミスター・ブー"でお馴染みの香港の喜劇王、マイケル・ホイ率いるホイ3兄弟なんですよ。首元はダルダルですが、今では非常に貴重なTシャツなんです。余所行きの一張羅なんです!」
よくわからない主張を心の中で強く叫ぶのだが、狂人だと思われるのでもちろん口には出さない。
「ああ、どうも」
伏し目がちにモゴモゴと挨拶を交わし、名刺交換の為にポケットを探り名刺入れを取り出すと、3割の確率で小銭やら飴やらが一緒に飛び出して床に散らばり増々みっともない事態になったりしつつ、席に着き打ち合せが始まる。
どのような作用なのかはわからないのだが、俺はこういった場で熱いお茶を啜れば啜る程に、なぜだか鼻水がとめどなく流れ出て来るというよくわからない体質なので、打ち合せは終始、茶と鼻水とを交互に間断なく啜りながら進行して行く事になる。なんだかもうやかましい事この上無い。
そして諸々の相談が終わり、帰り際にエレベーターまで見送りされて、ドアが閉まる瞬間のあのなんとも言えない居心地の悪さ。
地上に降りて行くエレベーターの中で、「きっと今頃笑われているに違いない」そんな被害妄想に苛まれながら決意を固める。
「今度から、いろいろちゃんとしよう」
輪郭のはっきりしない、フワッとした決意だ。
フワッとしているので3日もすればすっかり忘れてしまうし、そもそもちゃんとした格好をする為の服というものを殆ど持っていないので、
そのうちまた穴の空いたスニーカーやビーチサンダルをつっかけてオフィス街に行ってしまい、また恥をかくのだろう。もう10年以上そんな事を繰り返している。
しかしまあ、実際は格好など大した問題ではなくて、仕事さえキチンとこなせばそれで良いのである。
早速バリバリと作業を進めるため、帰宅してまずはエネルギーチャージ。
こういう時はとにかく「肉とメシ」だ。
大量の牛バラ肉をありあわせの野菜と共に炒め、山盛りのメシと一緒に食う。とにかく食う。
もちろんニンニクもたっぷりで、集中力を落とさず徹夜作業を全力でこなす為にガッツリと栄養を補給して最高のコンディションを整えるのだ。
こんもりと盛られたメシというのは、見るだけで元気が湧いて来る。
ピリ辛のタレに絡めてジャジャッと炒めた熱々の肉を、炊きたてのメシと一緒に頬張る。
鼻腔に抜ける米の甘い香りと共に、噛み締めるたび肉の旨味脂味が口中に広がって行く幸福感。
時々味噌汁をズズと啜り、口の中をリセットしてからもう一口、また一口。いつまででも食い続けられそうだ。
肉とメシとでガソリン満タン状態にして、深夜の作業に向けて一気にロケットスタートを決めるのだ。
ゆえに俺は今日も食うのだ。しかっりと。肉と、メシを。
だけどたいてい、9割の確率でそのまま寝てしまう。
最近の仕事はメールと電話のやりとりだけで進む事が多く、混み入った内容の案件でも無い限りは直接会って相談するという事が以前に比べてめっきりと少なくなった。請け負う仕事の中で、実際に会って打ち合せをするものは全体の1割程度だ。
他所様の会社に伺うというのはそれなりに緊張感があるもので、日頃弛緩しきった生活を送っている俺の様な人間には、真っ当な社会人とはどんなものかを思い出させてくれる良い機会になる。
すっかりと「ビジネスシーンにおける適切な格好」などというものを忘れてしまっている俺は、油断するといつも近所のスーパーに晩メシのオカズを買いに行くような格好で仕事先の会社に行ってしまう。
中央線沿線であれば全く問題無いのだが、都心のいわゆる「オフィス街」と言われるようなエリアにこのまま行ってしまうと、己のみすぼらしさをまざまざと思い知らされる事になる。
地下鉄を降りて地上に出たあたりで、明らかに普段の自分の生活圏とは違った空気である事を察知するのだが、ここで怯んでしまっては先に進めない。
なんかシャキシャキした人達がシャキシャキと往来する道の端っこに、影の様に貼付いて歩きながら目的のオフィスビルを目指す。
受付で名を名乗り、会議室に通され先方が現れるのを待つ間、毎回「しまった」と思うのだが既に手遅れだ。
数分の後、パリッとしたスーツに身を包んだ人達が会議室に入って来る。皆、シワの無いYシャツにキュッとネクタイを締めた、それだけでもういかにも「出来そう」と思わされる様な感じの人達だ。
一方の俺は謎の中年男性がプリントされた首もとダルンダルンのTシャツに、食べこぼしの染みがいくつも付いたヨレヨレのパンツ、穴の空いたスニーカーだ。2割の確率でスニーカーの裏にはガムが貼付いている。「裸じゃ無いだけまだマシ」というレベルの格好だ。
その時点でなにかもう「勝負あった」という感じだろう。
慌てて言い訳のひとつもしたくなる。
「ちょっと待って下さい、このTシャツにプリントされているのは"ミスター・ブー"でお馴染みの香港の喜劇王、マイケル・ホイ率いるホイ3兄弟なんですよ。首元はダルダルですが、今では非常に貴重なTシャツなんです。余所行きの一張羅なんです!」
よくわからない主張を心の中で強く叫ぶのだが、狂人だと思われるのでもちろん口には出さない。
「ああ、どうも」
伏し目がちにモゴモゴと挨拶を交わし、名刺交換の為にポケットを探り名刺入れを取り出すと、3割の確率で小銭やら飴やらが一緒に飛び出して床に散らばり増々みっともない事態になったりしつつ、席に着き打ち合せが始まる。
どのような作用なのかはわからないのだが、俺はこういった場で熱いお茶を啜れば啜る程に、なぜだか鼻水がとめどなく流れ出て来るというよくわからない体質なので、打ち合せは終始、茶と鼻水とを交互に間断なく啜りながら進行して行く事になる。なんだかもうやかましい事この上無い。
そして諸々の相談が終わり、帰り際にエレベーターまで見送りされて、ドアが閉まる瞬間のあのなんとも言えない居心地の悪さ。
地上に降りて行くエレベーターの中で、「きっと今頃笑われているに違いない」そんな被害妄想に苛まれながら決意を固める。
「今度から、いろいろちゃんとしよう」
輪郭のはっきりしない、フワッとした決意だ。
フワッとしているので3日もすればすっかり忘れてしまうし、そもそもちゃんとした格好をする為の服というものを殆ど持っていないので、
そのうちまた穴の空いたスニーカーやビーチサンダルをつっかけてオフィス街に行ってしまい、また恥をかくのだろう。もう10年以上そんな事を繰り返している。
しかしまあ、実際は格好など大した問題ではなくて、仕事さえキチンとこなせばそれで良いのである。
早速バリバリと作業を進めるため、帰宅してまずはエネルギーチャージ。
こういう時はとにかく「肉とメシ」だ。
大量の牛バラ肉をありあわせの野菜と共に炒め、山盛りのメシと一緒に食う。とにかく食う。
もちろんニンニクもたっぷりで、集中力を落とさず徹夜作業を全力でこなす為にガッツリと栄養を補給して最高のコンディションを整えるのだ。
こんもりと盛られたメシというのは、見るだけで元気が湧いて来る。
ピリ辛のタレに絡めてジャジャッと炒めた熱々の肉を、炊きたてのメシと一緒に頬張る。
鼻腔に抜ける米の甘い香りと共に、噛み締めるたび肉の旨味脂味が口中に広がって行く幸福感。
時々味噌汁をズズと啜り、口の中をリセットしてからもう一口、また一口。いつまででも食い続けられそうだ。
肉とメシとでガソリン満タン状態にして、深夜の作業に向けて一気にロケットスタートを決めるのだ。
ゆえに俺は今日も食うのだ。しかっりと。肉と、メシを。
だけどたいてい、9割の確率でそのまま寝てしまう。
- 2013.04.26 Friday
- 国内
- 23:56
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- by Dennis Ivanov