ソウルの市場でタユを食う

0
    生肉を気軽に食えない世知辛い世の中である。

    国内に於いては様々な生肉メニューがここ数年で次々と食の表舞台から姿を消してしまい、飲食店で生肉欲を満たす事が出来なくなってしまった。
    仕方が無いので俺は、どうにも我慢が出来なくなるとスーパーで安売りされている米国産牛肉切り落としのパックを買って来てドチャリと丼に盛り、ニンニク、コチュジャン、ごま油、焼肉のタレなどをかけてそのままベソベソと食って欲望を満たしたりしていたのだが、多くの方から「やめろバカ」とびっくりする位の勢いで止められたり叱られたりしたので最近は滅多にやっていない。いや全くやっていない。

    そんなこんなで日本の生肉事情は厳しい昨今だが、幸いにもアジアには生肉食文化が現在も続いている国が多い。
    とりわけ日本人にとって最も馴染みが深いのは韓国だろう。LCCを利用すれば比較的リーズナブルにヒョイと行ける距離である。

    ソウルの広蔵市場の一角に、通称「ユッケ通り」と呼ばれる場所がある。
    細い路地の両側に軒を連ねるそのほぼ全てが「ユッケとレバ刺しの専門店」という、生肉好きには堪えられない小径である。

    ここは実に活気のある通りで、夜のメシ時ともなると生肉を求めてやって来た人々の長い列が殆どの店先に出来ている。
    俺は行列と言う物が大の苦手で、並ぶ位ならばと「人気はイマイチだが空いている」店にサッと入ってしまう事が多いのだが、目当てが生肉と生レバでましてや異国である。空いているからといって不人気店に入るのはリスクが高い。という事で大人しく行列の最後尾に接続して順番を待つ事にした。
    周囲で飛び交う韓国語の会話をBGM代わりにして店頭の冷蔵ケースの中にドチャリと盛られた生肉の山などを眺めつつ涎ためつつ鼻たらしつつしばらく待っていると、やがて元気の良いおばちゃん店員に呼び込まれてついに入店。
    テーブル席に着いてすぐさまビールを注文。
    壁にはハングルで書かれた短冊メニューが数品貼ってあるのだが、これがまあ当然だが絶望的に読めない。
    幸いにもメインどころらしき数品には頼りない書体で日本語ふりがなが併記してあったので、それを手がかりにレバ刺し、センマイ刺し、牛刺し、そしてユッケを注文した。
    すると店のおばちゃんが、壁に貼られたユッケの隣の短冊をパンパン叩きながら、「こっちの方がオススメだよ!」といった感じの事を言っている。
    見ると、やはり頼りない字体のかすれた日本語ふりがながハングルの横に書かれている。

    「ユッケ と タユ」

    タユとはなんぞや。
    韓国料理についてはソコソコ知っているつもりだったのだがこれは聞いた事のない料理名である。
    とにかく牛生肉のユッケに何かが加えられている物の様だったので、食の好奇心にも背中を押されてそいつを注文する事にした。

    47_01.jpg

    韓国産のやや味の薄いビールと共にキムチやナムルなどをつまみつつ待っていると、まず現れたるは牛レバ刺しとセンマイ刺しである。

    ぶ厚い角切りでドデンと盛られたツヤッツヤの生レバーはあまたある生肉料理の堂々たる横綱。見た目もさすがの貫禄である。その横にはこれまた気前よくドチャリとセンマイ刺し。こちらもなかなかの実力者だ。
    塩とゴマ油を混ぜたあのお馴染みのタレに角切り生レバーをチョンとつけ、薬味の白髪葱と共に口に放り込む。
    プリュンブリュン!驚きの弾力ゆえレバーが口の中をヒョルンヒョルンと跳ね回る。なんとかベロで絡めて捕まえてブツリと歯を入れ噛み締めると、ギュッと凝縮されていた肝細胞達がほのかな甘味と濃厚な旨味をまとって一気に放たれる。
    酒浸りで疲労しているであろう我が肝臓が新鮮な細胞と今まさに入れ替わり、みるみる健康になって行く様な錯覚すら感じられる。
    ブホーと鼻息を荒げつつ思わず半笑いになって咀嚼し、旨き物体がヌルリと喉を通過したすぐ後に冷たいビールで追いかけグビリと飲み込む。
    続いてセンマイ刺しをひときれ。
    鮮度が良いのはもちろんの事、下ごしらえも丁寧にしてあるので臭み等はなく、クリュコリとした歯ごたえが実によろしい。
    あっさりながらも旨味のあるその味はごま油の香りで一層引き立ち、またまたビールをグビリ。
    濃厚レバーと淡白センマイのコンビネーション、抜群だ。
    あっという間にジョッキが空になる。これぞ至福。

    47_02.jpg

    二杯目からはチャミスルにチェンジ。韓国の庶民的な焼酎をロックで頂く。
    ほんのりと竹の香る甘めの焼酎が、生ニンニクや唐辛子を多用した料理とこれまた実に合うのである。

    続いて牛刺しが運ばれて来た。
    スライスされた赤身肉がズラリと並んだその姿のまあ美しい事。いつまでも眺めていたい位だ。
    生のにんにくスライスと共に肉を一枚、口に。ニチャリと噛み締めるとアミノ酸の多い赤身肉から旨味がジュワリ。続いてチャミスルのロックをコピリとやり、甘い香りと共にスルリと喉を通過して行く気持ちよさ。

    47_03.jpg

    思わず表情もほころびつつ堪能していたらついに真打ちの登場。
    「ユッケとタユ」である。

    テーブルに置かれた皿を見て、俺は思わずおわっと声を上げてしまった。
    細切りにされた牛生肉の上で、ブツ切りバラバラにされた活タコの細かい足が、全てウネウネと踊る様に動き回っているではないか。

    「タユ」は、「タコ」の誤表記であったのだ。

    俺は箸を持ち、まずは韓国の流儀にのっとって肉と活タコとを一気に混ぜ合わせた。
    卵黄で照りツヤが出た赤い肉片の集合体の内部で未だ蠢くタコ足によって、ユッケは何か意思を持った謎の生命体の様にモコモコと動いていた。
    かつて、ジョン・カーペンター監督の映画の中でこんなクリーチャーを観た様な気がする。

    あまり想像力を働かせすぎるといつまでも食えなくなりそうなので、俺はひとまず箸でひとすくいして謎の生命体を口に放りこんだ。

    口の中で尚、元気なタコの足が生肉を押しのけながら動き回っている。
    構わずプツリと噛み締めてとどめを刺す。
    卵黄のコクが加わったユッケのニチャリとした細切れ生肉の少し奥にプツリコリブルリとしたタコ足の食感が現れる。
    陸と海との生肉競演は想像以上に素晴らしく、思わず二口三口と立て続けに食ってしまう。
    途中、上顎や頬の内側にタコの吸盤が吸い付いて来るという思わぬ抵抗にあったりもするが、舌先で振り落としてブツリガブリと噛み砕き片っ端から迎え撃った。

    全ての肉皿を空にして、酒と生肉でパツンパツンになった腹をさすりながら俺は夢見心地で余韻を味わった。
    しかし日本に戻ったら、こんなに生肉を堪能する事はもうほぼ不可能なのだ。なんとも寂しい話ではないか。

    47_04.jpg

    いまでもソウルでの生肉体験を思い出すだけで、口の中が涎でいっぱいになってくる。
    満たされない生肉欲を持て余しどうする事も出来ずに国内で日々呻吟している、そんな今日この頃の俺である。


    とりあえず、冷蔵庫にはスーパーで安売りしていた米国産牛肉切り落としのパックが入っている。



    あの子の牛乳

    0
      久し振りに牛乳1リットルを一気飲みし、そして腹を下した。

      40代も半ばになって何をやっておるのかと思われそうだが、つい数年前までは日常的にやっていた事だ。
      夏の暑い日など、水の代わりに冷えた牛乳を毎日ガブガブ飲んでいた。1リットルの紙パックなどものの十秒で飲み干したものだ。
      軽い気持ちで久々にやってみたらこの体たらくである。つくづく「我、衰えたり!」と痛感した。

      「中年は、冷たい牛乳1リットルを一気飲みすると、腹を下す」

      肝に銘じて、今後はほんのりと温めた牛乳を小洒落たカップで小分けにして、マカロンだかなんだかいう実体のないクシュクシュした菓子でも食いながらゆっくりと時間をかけて1リットルすするというカフェ好き女子の様な控えめな生活を送る事にする。


      小学生の頃、給食の牛乳を何本も飲んで得意気になっていたバカな男子がいなかっただろうか。
      俺である。
      なんだかわからないが、クラスで余った牛乳を片っ端から飲んでは「どうだ」とばかりの意味の分からない自慢顔をするのである。
      「牛乳瓶の蓋を口で開ける」「手を使わずに飲む」「二本同時に飲む」等々、心底どうでもいい技をチョイチョイ挟むのもこの手の男子の共通した特徴だろう。俺である。

      それだけ毎日カルシウムを摂っていたらさぞかし背が伸びるだろうと思いきや、俺は標準身長のままで、ただの肥満児になった。

      ムッチムチの子豚の如く太っていたので、放課後に自転車で商店街をタラタラ走っていたら見知らぬお爺さんが近寄って来て
      「ほほ、この子はよ〜く太っておるのう、ど〜れ」
      などと、半ズボンから出た太ももをねっとり丹念に撫で回されたりもしたものだが、今にして思えばあの爺さんはやっぱりアレだろうか。まあ、アレだろうな。うん。

      ま、そんなこたあさておき、クラスにはガブガブ牛乳を飲んでデブデブ太った俺の様なガキもいれば、食が細く、身体の弱い子供もいた。

      同級生にひとり、ちょっと虚弱体質の女の子が居た。
      彼女の肌はそれこそ牛乳の様に白く、髪は明るい栗色。パッチリとした目の、ムーミンに出て来る「ミー」にちょっと似た感じの可愛らしい女の子だった。
      彼女は病弱な様で学校をちょいちょい休みがちだったが、子供は特に気遣いなどはしないので、女の子が登校した際には普通に一緒に遊んでいた。
      ただあまり活発な動きは出来なかったようで、体育の授業の時、女の子はたいてい端っこにちょこんと座って見学していた。
      彼女は食も細く、いつも給食のパンや牛乳を食べ切れず残していた。
      当時の小学校に於いて給食を残すという行為は許されざる重罪で、野菜に興味の無かった俺などは昼休みも、その後の掃除の時間までも一人机に残されて、野菜とリンゴがヨーグルトで和えられた意味がわからないサラダなどを拷問の様に食わされたりしたものだが、その女の子に関してだけは何故だかおとがめ無しだった。
      不思議と「ずるい!」という感情は湧かず、早々に食事の手を止めてぼんやりしている彼女の横から俺は「もーらい!」と牛乳瓶をかっさらい、口でパコンと蓋を開けて飲み干しては誰一人として注目していないのに得意顔になったりしていた。

      相変わらず女の子が学校に来たり休んだりを繰り返していたそんなある日、教室でスケッチブックが回って来た。
      どうやら女の子は入院して、近々なにやら大きな手術をする事になったらしい。
      彼女を元気づけるため、クラス全員でそれぞれ絵を描いて贈ろうという事になったのだ。

      俺はスケッチブックの1ページを使って大きく、空を飛んでいるオバケのQ太郎の絵を描き、その手には牛乳瓶を持たせた。フキダシに「元気になってね!」と台詞を入れて、色を塗った。

      それから何日経っても、何ヶ月経っても女の子は教室に戻っては来なかった。

      先生も、親も、誰も何も言わなかった。
      俺は、「あの子はどうなったんだろうか」と思ってはいたのだが、なんだか聞いてはいけない事の様な気がして、結局誰にも尋ねる事は出来なかった。
      何もわからないまま日々は過ぎ、進級し、小学校を卒業し、やがて俺の記憶からも女の子はいなくなった。

      先日、牛乳を一気に飲んでいる時、ふいにあの時の女の子が俺の記憶の中に甦った。

      あの子はいま、どこにいるのだろうか。
      あの子はいま、どこかにいるのだろうか。

      牛乳を飲める様になっただろうか。
      もし飲める様になっていたなら、教えてあげたい。

      お互いもう40代も半ばなんだから、1リットルを一気飲みするとおなか下すよ。と。


      血の池地獄で学ぶ春

      0

        「一杯で充分ですよ」

        中央線沿線の安居酒屋のカウンター。
        ホッピーを飲んで赤ら顔になり「現地で食べるタイ料理がいかに素晴らしいか」を延々と力説していた俺を諭す様に、冷静な友人はそこはかとなくブレードランナー風味の言葉を投げかけて来た。数年前の、ある寒い冬の日だった。

        馬鹿みたいに当たり前の事を書くが、タイ料理はタイで食べるのが一番美味い。
        日本国内にも今やたくさんのタイ料理店があり、どこに行ってもそれなりに美味しい物を提供してはくれるだろう。
        しかしタイで食うタイ飯はやはり格段に美味い。
        現地の種類豊富かつ鮮度の良いハーブやスパイスの香りは絶品で、それらがふんだんに使用された料理の数々は日本で食べる物とはレベルが違うのだ。
        更に、食べた一口が次の一口を誘うというスパイス&ハーブの食欲増進効果によって、二杯でも三杯でも、いつまでも同じ美味さを味わいながら食べ続ける事が出来るという恐ろしい力すら秘めているのである。

        酔っぱらって調子に乗って、そんなどうでも良い事をいつまでも喋り続ける俺に友人は半ば呆れつつ「適量ってものがあるんですよ。美味しいなって思うその一杯は、美味しいと感じる丁度良い分量だからこそ美味しいんです」などともっともな事を言ったが、ちょっとした例えの部分を突つかれた事がかえって俺をイラつかせた。
        まあ実際のところ、現地で同じ物だけを立て続けに注文して食った記憶など自分でもあまりないのだが、ホッピーが程良く回っていた俺は酔っぱらい特有の偏向的な思考になっており「問題はそこじゃねえ、適量とかうっせえ、美味い物は何杯食っても美味いんだよ!」と雑なまとめ方をして話題を締めくくった。我ながら面倒臭い。こういう手合いの人物とは飲みたく無いなあと客観的に思う。
        しかし実際、現地で食べるタイ料理はどれもこれもすこぶる美味いので「何杯食っても、ずーっと美味い」は、あながち間違ってもいないだろうとは思っていた。


        先日、毎年恒例の避寒の為にタイを訪れていた俺は、新たなるナイスなメシ屋台はないだろうかとチェンマイの街をバイクで走り回りウロウロしていた。
        ふと迷い込んだ小道で、“ลาบ”の文字が視界の端を横切ったので反射的に身体が反応してバイクのブレーキをかけた。

        ゆっくりとしたペースながらも少しずつタイ語の勉強を続けている俺は、近頃ほんの僅かだがタイ文字が読めるようになって来た。
        ・・・などと調子に乗った事を書くと、なんだか語学力自慢をしているかの様に思われてしまうかも知れない。だが言うまでもなくとても自慢出来る様なレベルには程遠く、ほんの一部の文字がなんとか時間をかければ判読出来、いくつかの料理名の表記をようやく憶えた程度という学習初期の初期、実に微々たるレベルである。
        そんな微々の微々、むしろ人に言わない方が良いレベルであるにもかかわらず最近は勝手に勘違いされて、同時期にタイを訪れた友人知人に現地で頼られてしまったりもするので全く持って困り物である。

        異国の地で、俺の様な者なんぞに頼るという事がどんなに危うい事であるか、逆のケースとしてイメージしてみて欲しい。
        日本にとあるタイ人のグループが観光にやって来たとしよう。彼らの中で唯一日本語がわかると思しき人物はグループを率いている太った中年男性ただ一人だけであり、他のメンバーは「彼に任せれば何事も大丈夫」と思い込んでいるので完全に安心し油断している。しかし実は彼が知っている日本語はごくごくわずかな単語だけなのである。

        「白子」「とんかつ」「こてっちゃん」

        つまりこれがタイにおける俺である。こんな人間を異国の地で頼ってはいけない。別に太った中年男性という情報を例えに入れる必要はなかったけれど。

        しかし学習の成果でささやかながらいくつかの料理名を判読出来る様になった俺は、ガイドブックやネット記事頼りの探訪よりも半歩進んだメシ屋探しを始められる様になって来たのも事実ではある。
        大好物のラープという料理のタイ文字表記“ลาบ”が認識出来る様になったので、街中の探訪でラープを看板メニューにしているような店をなんとか自力で見つける事も出来る様になった。

        以前も書いたかも知れないが、ラープというのはミンチ状にした肉をハーブやスパイスそして炒り米などと混ぜた、タイ〜ラオスの広い地域で食されている料理である。
        材料には豚、牛、鶏、魚など様々な肉を使うのだが、日本のタイ料理屋などでも一般的に食べられている火を通したタイプの物とは別に、生肉を使った物も現地では多く食されている。
        この生ラープ、「禁断の味」とでも表現したら良いのだろうか、今や肉の生食が法規制され難しくなってしまった日本人にとっては実に後ろめたい美味さに満ち満ちた料理なのである。
        中でも豚生ラープは最たる物だろう。様々なハーブや香辛料で味付けされた生の豚肉ミンチを口に入れた瞬間、ヌチャリひろがる淫靡なる食感と味わい。間髪入れずにやって来るフレッシュなハーブの香りと唐辛子のビビッドな辛味。それらが調和して口中幸福度が絶頂を迎えた瞬間に氷入りの冷たいビールで一気に押し流しリセットして歓喜の嗚咽と共に一旦の放心。そうこうして余韻を楽しんでいるうちに勝手に身体が動き、再び生肉を口に運んでしまうのである。

        嗚呼、一度その味に取り憑かれた者にとっては、こうして思い出すだけでも涎がジュルリと溢れ出て来てしまう、そんな料理なのである。

        46_00.jpg

        チェンマイの小道で“ลาบ”の文字を発見し、バイクを急停車させた俺が振り返ると、そこには確かに「ラープほにゃらら」と書かれた看板がそびえていた。
        ほにゃららは判読出来ない部分だ。しかし問題無い。
        逆のケースとしてイメージして貰うと、タイから日本にやって来たとんかつ好きの太った中年男性にとっては仮に「とんかつ蛇人間」という店の看板があったとしてもその前半部分が読めさえすればとりあえずとんかつにはありつく事が出来るのと同じ事だ。蛇人間に関しては語学力がついてから追々じっくり学べば良いのである。

        俺はバイクを少し離れた道端に停めて、店に向かった。
        入口フェンスが閉まっておりあいにく営業中では無かったが、看板を改めて確認するとやはりしっかりと店名の頭に「ラープ」と書かれている。蛇人間部分は判読出来なかったが、店頭にはラープの他に、どちらもまた生肉料理の名前である”サー”、”ルー”の文字と写真が掲げられているのでこの店ではそれらの料理を提供しているであろう事は間違い無い。
        しかも”ルー”というのは俺がここ数年、あちらこちらと探し求めていた料理、「生血のスープ」の事なのであった。
        俺は興奮を抑え切れずブヒブヒと鼻息を荒げながらカメラを取り出し、再びここに戻って来られる様に周辺の風景を含めて丹念に記録した。


        数日後、期待に胸を膨らませて再度訪れてみた。
        店に到着したのは昼過ぎ。先日の訪問時にはガッチリ閉まっていた入口フェンスが今日は開け放たれており、椅子とテーブルも並べられているので営業はしているようだ。しかし誰もいない。
        「すんませーん」
        日本語で声をかけると奥の扉からきったないガチャ目の犬がノソノソと這い出て来てテーブルの脇でゴロリと横になりこちらをぼんやり見上げた。人間は誰も出て来ない。
        生肉料理をメインに扱う飲食店の衛生環境として、日本基準の審査だったら200%通らないであろうそんな店内にしばし立ち尽くし、俺は声をかけ続けた。

        46_01.jpg

        「さーせーん」
        「こんちゃーす」
        何度目かの呼びかけで、なんとも冴えない感じのおっちゃんが眠そうな顔をして出て来た。
        「え?外国人?」
        おっちゃんの表情からはそんな戸惑いが読み取れた。
        「お前、食えんのか?大丈夫なのか?」と、おっちゃんは無言で問いかけていた。
        俺は壁に貼られたタイ語のメニューを時間をかけて凝視して、判読出来る範囲の料理名をカタコトとも言えないレベルのお粗末なタイ語で連呼してなんとか注文した。
        豚生ラープ、豚焼きラープ、牛生サー、豚生ルー、そしておっちゃんが薦めてくれた何かのヤム。
        外国人は通常あまり踏み込まないであろう領域のセレクションで数品をオーダーすると、さっきまで眠そうだったおっちゃんは仕事をする人間の顔つきになり、薄汚れたエプロンに首を通しながら「うむ」と頷いて厨房へと向かった。

        タタタタタンと時折響いて来る小気味良い包丁の音などを聞きながら氷入りのビールを飲み待っていると、まず現れたるは豚生ラープである。
        生ラープのひとつの傾向として「血が多め」というタイプがあるのだが、大半の店では静脈系の血を使っているのだろうか、ドス黒い色合いの物が多い様に思う。それはそれでコクがあって滋味深い美味さではあるのだが、この店の生ラープは血液多めタイプながら動脈系の見るからに鮮やかな紅色をしている。
        口に入れてみると実にスパイスの香りが立っている。前面に出ているのはクローブだろうか。クニャリとした食感と共に爽やかな芳香を楽しんでいると唐辛子の辛味が後から丁度良い塩梅でやってくる。辛さはタマダー(普通)でお願いしたのだがひょっとしたら外国人という事で若干の手加減をしてくれたのかも知れない。とにかく肉が新鮮な事がはっきりとわかる。おっちゃん、腕は確かだな。


        46_02.jpg


        続いてやって来た焼きラープも勿論うまい。こちらもクローブ等のスパイスが立っている。
        生ラープ同様に上に散らされた揚げニンニクが香ばしく、実になんともけしからんほどにビールが進むのだ。


        46_03.jpg


        次に現れたるは牛生肉のサー。
        「サー」とはラープの様に肉をミンチにせず、切り身の状態でハーブやスパイスと和えた物。
        ほどよく効いた胆汁の苦味と、小口切りにされたレモングラスの爽やかな香りがたまらない。
        生牛肉の柔らかさと、生レバーの濃厚さ、センマイのコリコリ食感と、部位の違いが実に楽しく美味しい。

        46_04.jpg

        そしておっちゃんが薦めてくれたヤムが現れた。
        センマイとタマネギ、レモングラスを塩と柑橘果汁で和えたものだ。
        シャキサククニュコリの多様な食感の合わせ技。さっぱりとした美味さにこれまた思わず唸ってしまう。

        46_05.jpg


        そうこうしていると遂に登場したるは本日のハイライト。俺が長年探し求めていた料理、豚生ルー。
        豚の生血の冷製スープである。

        46_06.jpg

        「血の池地獄」
        そんな言葉を思い浮かべてしまう様な、ドンブリ一杯に盛られたド紅色の汁。
        インパクト抜群なそのビジュアルに思わず「おおう」と唸り声をあげてしまう。
        あまりにもたっぷりすぎる生血のそこかしこからは豚の皮を揚げた「ケープムー」や内臓類の欠片が顔を覗かせている。
        付け合わせの薬味には揚げた米麺、コブミカンの葉、そして甘酢の様なタレが添えられている。

        まずは何も薬味を入れずにシンプルに生血スープを一口。予想に反してアタックは柔らかくなめらか。
        ほんのりと感じられる甘味、そしてハーブ、スパイスの爽やかな香り、唐辛子の辛味が順番にやって来る。「生の血」から想像される様な生臭さ、鉄臭さは微塵も無い。目をつぶって飲んだら、血だとは思わないだろう。ひんやりと丁度良く冷やされており口当たりが良く、思わず二口三口と飲み進んでしまう。
        薬味の揚げ麺、揚げコブミカンを投入してみると爽やかさが更にアップ。好みだろうけど甘酢ダレは入れなくても良いかな、と思う。
        何杯でも続けて食べ続けられそうな美味さに夢中になって、俺は生の血を貪り続けた。これである。これなのである。いつぞやの居酒屋で面白みの無い正論を吐いていたあの友人をいますぐここに連れて来てこのスープを食わせたら、新鮮なスパイスとハーブがふんだんに使われた本場のタイ料理には理屈では無い美味さがあるという事実に納得し、ひれ伏すに違いない。
        そんな事を考えながらふと気がつけば口の回りが豚の血でベッタベタにまみれていた。傍から見たらなんとも凄惨な食事風景であろう。

        46_07.jpg

        しかし冴えないおっちゃんだが、見事な腕前である。
        思わずカタコトのタイ語を全力で駆使して
        「オイシイ、コレ、豚の私ダイスキの物の事、トテモトテモです」と、ありったけの賛辞を送った。
        発音も文法も間違いだらけな俺のタイ語を聞いておっちゃんはキョトンとした表情をしていたがすぐに笑顔になりウンウンと頷いてくれた。

        通じた。今まではただ料理名を連呼してオーダーを通す事が精一杯だったのだが、つたないながらも自分の感じた気持ちを言葉で相手に伝える事が出来、相手はそれを理解して笑顔で返してくれた。
        なんかこう、ようやく日常会話の一歩目を踏み出せた。初めてタイの人と言葉で繋がる事が出来た。そんな記念すべき嬉しさに浸りながら実に良い気分で最後のビールを飲んでいた俺の目の前に、突然ドデンとドンブリが置かれた。
        豚の生血のスープである。

        俺が持てる限りの語学力を駆使して贈った賛辞の言葉はおっちゃんには何ひとつ通じてなどおらず、ただ単におかわりを注文したと思われたようだ。
        ぬか喜びの恥ずかしさで赤ら顔になって、背中を丸めて二杯目の生血をすすりながら俺は思わず呟いた。


        「一杯で充分だな」


        何事にも適量というものがある事をようやく学んだ、そんな40代半ばの春である。

        46_08.jpg

        << | 2/18PAGES | >>

        calendar

        S M T W T F S
        1234567
        891011121314
        15161718192021
        22232425262728
        293031    
        << July 2018 >>

        Dennis Ivanov

        (デニス・イワノフ)

        日本人。
        グラヒックデジャイナー。
        twitter:Dennis Ivanov

        selected entries

        archives

        links

        profile

        search this site.

        others

        mobile

        qrcode

        powered

        無料ブログ作成サービス JUGEM