血の池地獄で学ぶ春

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    「一杯で充分ですよ」

    中央線沿線の安居酒屋のカウンター。
    ホッピーを飲んで赤ら顔になり「現地で食べるタイ料理がいかに素晴らしいか」を延々と力説していた俺を諭す様に、冷静な友人はそこはかとなくブレードランナー風味の言葉を投げかけて来た。数年前の、ある寒い冬の日だった。

    馬鹿みたいに当たり前の事を書くが、タイ料理はタイで食べるのが一番美味い。
    日本国内にも今やたくさんのタイ料理店があり、どこに行ってもそれなりに美味しい物を提供してはくれるだろう。
    しかしタイで食うタイ飯はやはり格段に美味い。
    現地の種類豊富かつ鮮度の良いハーブやスパイスの香りは絶品で、それらがふんだんに使用された料理の数々は日本で食べる物とはレベルが違うのだ。
    更に、食べた一口が次の一口を誘うというスパイス&ハーブの食欲増進効果によって、二杯でも三杯でも、いつまでも同じ美味さを味わいながら食べ続ける事が出来るという恐ろしい力すら秘めているのである。

    酔っぱらって調子に乗って、そんなどうでも良い事をいつまでも喋り続ける俺に友人は半ば呆れつつ「適量ってものがあるんですよ。美味しいなって思うその一杯は、美味しいと感じる丁度良い分量だからこそ美味しいんです」などともっともな事を言ったが、ちょっとした例えの部分を突つかれた事がかえって俺をイラつかせた。
    まあ実際のところ、現地で同じ物だけを立て続けに注文して食った記憶など自分でもあまりないのだが、ホッピーが程良く回っていた俺は酔っぱらい特有の偏向的な思考になっており「問題はそこじゃねえ、適量とかうっせえ、美味い物は何杯食っても美味いんだよ!」と雑なまとめ方をして話題を締めくくった。我ながら面倒臭い。こういう手合いの人物とは飲みたく無いなあと客観的に思う。
    しかし実際、現地で食べるタイ料理はどれもこれもすこぶる美味いので「何杯食っても、ずーっと美味い」は、あながち間違ってもいないだろうとは思っていた。


    先日、毎年恒例の避寒の為にタイを訪れていた俺は、新たなるナイスなメシ屋台はないだろうかとチェンマイの街をバイクで走り回りウロウロしていた。
    ふと迷い込んだ小道で、“ลาบ”の文字が視界の端を横切ったので反射的に身体が反応してバイクのブレーキをかけた。

    ゆっくりとしたペースながらも少しずつタイ語の勉強を続けている俺は、近頃ほんの僅かだがタイ文字が読めるようになって来た。
    ・・・などと調子に乗った事を書くと、なんだか語学力自慢をしているかの様に思われてしまうかも知れない。だが言うまでもなくとても自慢出来る様なレベルには程遠く、ほんの一部の文字がなんとか時間をかければ判読出来、いくつかの料理名の表記をようやく憶えた程度という学習初期の初期、実に微々たるレベルである。
    そんな微々の微々、むしろ人に言わない方が良いレベルであるにもかかわらず最近は勝手に勘違いされて、同時期にタイを訪れた友人知人に現地で頼られてしまったりもするので全く持って困り物である。

    異国の地で、俺の様な者なんぞに頼るという事がどんなに危うい事であるか、逆のケースとしてイメージしてみて欲しい。
    日本にとあるタイ人のグループが観光にやって来たとしよう。彼らの中で唯一日本語がわかると思しき人物はグループを率いている太った中年男性ただ一人だけであり、他のメンバーは「彼に任せれば何事も大丈夫」と思い込んでいるので完全に安心し油断している。しかし実は彼が知っている日本語はごくごくわずかな単語だけなのである。

    「白子」「とんかつ」「こてっちゃん」

    つまりこれがタイにおける俺である。こんな人間を異国の地で頼ってはいけない。別に太った中年男性という情報を例えに入れる必要はなかったけれど。

    しかし学習の成果でささやかながらいくつかの料理名を判読出来る様になった俺は、ガイドブックやネット記事頼りの探訪よりも半歩進んだメシ屋探しを始められる様になって来たのも事実ではある。
    大好物のラープという料理のタイ文字表記“ลาบ”が認識出来る様になったので、街中の探訪でラープを看板メニューにしているような店をなんとか自力で見つける事も出来る様になった。

    以前も書いたかも知れないが、ラープというのはミンチ状にした肉をハーブやスパイスそして炒り米などと混ぜた、タイ〜ラオスの広い地域で食されている料理である。
    材料には豚、牛、鶏、魚など様々な肉を使うのだが、日本のタイ料理屋などでも一般的に食べられている火を通したタイプの物とは別に、生肉を使った物も現地では多く食されている。
    この生ラープ、「禁断の味」とでも表現したら良いのだろうか、今や肉の生食が法規制され難しくなってしまった日本人にとっては実に後ろめたい美味さに満ち満ちた料理なのである。
    中でも豚生ラープは最たる物だろう。様々なハーブや香辛料で味付けされた生の豚肉ミンチを口に入れた瞬間、ヌチャリひろがる淫靡なる食感と味わい。間髪入れずにやって来るフレッシュなハーブの香りと唐辛子のビビッドな辛味。それらが調和して口中幸福度が絶頂を迎えた瞬間に氷入りの冷たいビールで一気に押し流しリセットして歓喜の嗚咽と共に一旦の放心。そうこうして余韻を楽しんでいるうちに勝手に身体が動き、再び生肉を口に運んでしまうのである。

    嗚呼、一度その味に取り憑かれた者にとっては、こうして思い出すだけでも涎がジュルリと溢れ出て来てしまう、そんな料理なのである。

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    チェンマイの小道で“ลาบ”の文字を発見し、バイクを急停車させた俺が振り返ると、そこには確かに「ラープほにゃらら」と書かれた看板がそびえていた。
    ほにゃららは判読出来ない部分だ。しかし問題無い。
    逆のケースとしてイメージして貰うと、タイから日本にやって来たとんかつ好きの太った中年男性にとっては仮に「とんかつ蛇人間」という店の看板があったとしてもその前半部分が読めさえすればとりあえずとんかつにはありつく事が出来るのと同じ事だ。蛇人間に関しては語学力がついてから追々じっくり学べば良いのである。

    俺はバイクを少し離れた道端に停めて、店に向かった。
    入口フェンスが閉まっておりあいにく営業中では無かったが、看板を改めて確認するとやはりしっかりと店名の頭に「ラープ」と書かれている。蛇人間部分は判読出来なかったが、店頭にはラープの他に、どちらもまた生肉料理の名前である”サー”、”ルー”の文字と写真が掲げられているのでこの店ではそれらの料理を提供しているであろう事は間違い無い。
    しかも”ルー”というのは俺がここ数年、あちらこちらと探し求めていた料理、「生血のスープ」の事なのであった。
    俺は興奮を抑え切れずブヒブヒと鼻息を荒げながらカメラを取り出し、再びここに戻って来られる様に周辺の風景を含めて丹念に記録した。


    数日後、期待に胸を膨らませて再度訪れてみた。
    店に到着したのは昼過ぎ。先日の訪問時にはガッチリ閉まっていた入口フェンスが今日は開け放たれており、椅子とテーブルも並べられているので営業はしているようだ。しかし誰もいない。
    「すんませーん」
    日本語で声をかけると奥の扉からきったないガチャ目の犬がノソノソと這い出て来てテーブルの脇でゴロリと横になりこちらをぼんやり見上げた。人間は誰も出て来ない。
    生肉料理をメインに扱う飲食店の衛生環境として、日本基準の審査だったら200%通らないであろうそんな店内にしばし立ち尽くし、俺は声をかけ続けた。

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    「さーせーん」
    「こんちゃーす」
    何度目かの呼びかけで、なんとも冴えない感じのおっちゃんが眠そうな顔をして出て来た。
    「え?外国人?」
    おっちゃんの表情からはそんな戸惑いが読み取れた。
    「お前、食えんのか?大丈夫なのか?」と、おっちゃんは無言で問いかけていた。
    俺は壁に貼られたタイ語のメニューを時間をかけて凝視して、判読出来る範囲の料理名をカタコトとも言えないレベルのお粗末なタイ語で連呼してなんとか注文した。
    豚生ラープ、豚焼きラープ、牛生サー、豚生ルー、そしておっちゃんが薦めてくれた何かのヤム。
    外国人は通常あまり踏み込まないであろう領域のセレクションで数品をオーダーすると、さっきまで眠そうだったおっちゃんは仕事をする人間の顔つきになり、薄汚れたエプロンに首を通しながら「うむ」と頷いて厨房へと向かった。

    タタタタタンと時折響いて来る小気味良い包丁の音などを聞きながら氷入りのビールを飲み待っていると、まず現れたるは豚生ラープである。
    生ラープのひとつの傾向として「血が多め」というタイプがあるのだが、大半の店では静脈系の血を使っているのだろうか、ドス黒い色合いの物が多い様に思う。それはそれでコクがあって滋味深い美味さではあるのだが、この店の生ラープは血液多めタイプながら動脈系の見るからに鮮やかな紅色をしている。
    口に入れてみると実にスパイスの香りが立っている。前面に出ているのはクローブだろうか。クニャリとした食感と共に爽やかな芳香を楽しんでいると唐辛子の辛味が後から丁度良い塩梅でやってくる。辛さはタマダー(普通)でお願いしたのだがひょっとしたら外国人という事で若干の手加減をしてくれたのかも知れない。とにかく肉が新鮮な事がはっきりとわかる。おっちゃん、腕は確かだな。


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    続いてやって来た焼きラープも勿論うまい。こちらもクローブ等のスパイスが立っている。
    生ラープ同様に上に散らされた揚げニンニクが香ばしく、実になんともけしからんほどにビールが進むのだ。


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    次に現れたるは牛生肉のサー。
    「サー」とはラープの様に肉をミンチにせず、切り身の状態でハーブやスパイスと和えた物。
    ほどよく効いた胆汁の苦味と、小口切りにされたレモングラスの爽やかな香りがたまらない。
    生牛肉の柔らかさと、生レバーの濃厚さ、センマイのコリコリ食感と、部位の違いが実に楽しく美味しい。

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    そしておっちゃんが薦めてくれたヤムが現れた。
    センマイとタマネギ、レモングラスを塩と柑橘果汁で和えたものだ。
    シャキサククニュコリの多様な食感の合わせ技。さっぱりとした美味さにこれまた思わず唸ってしまう。

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    そうこうしていると遂に登場したるは本日のハイライト。俺が長年探し求めていた料理、豚生ルー。
    豚の生血の冷製スープである。

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    「血の池地獄」
    そんな言葉を思い浮かべてしまう様な、ドンブリ一杯に盛られたド紅色の汁。
    インパクト抜群なそのビジュアルに思わず「おおう」と唸り声をあげてしまう。
    あまりにもたっぷりすぎる生血のそこかしこからは豚の皮を揚げた「ケープムー」や内臓類の欠片が顔を覗かせている。
    付け合わせの薬味には揚げた米麺、コブミカンの葉、そして甘酢の様なタレが添えられている。

    まずは何も薬味を入れずにシンプルに生血スープを一口。予想に反してアタックは柔らかくなめらか。
    ほんのりと感じられる甘味、そしてハーブ、スパイスの爽やかな香り、唐辛子の辛味が順番にやって来る。「生の血」から想像される様な生臭さ、鉄臭さは微塵も無い。目をつぶって飲んだら、血だとは思わないだろう。ひんやりと丁度良く冷やされており口当たりが良く、思わず二口三口と飲み進んでしまう。
    薬味の揚げ麺、揚げコブミカンを投入してみると爽やかさが更にアップ。好みだろうけど甘酢ダレは入れなくても良いかな、と思う。
    何杯でも続けて食べ続けられそうな美味さに夢中になって、俺は生の血を貪り続けた。これである。これなのである。いつぞやの居酒屋で面白みの無い正論を吐いていたあの友人をいますぐここに連れて来てこのスープを食わせたら、新鮮なスパイスとハーブがふんだんに使われた本場のタイ料理には理屈では無い美味さがあるという事実に納得し、ひれ伏すに違いない。
    そんな事を考えながらふと気がつけば口の回りが豚の血でベッタベタにまみれていた。傍から見たらなんとも凄惨な食事風景であろう。

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    しかし冴えないおっちゃんだが、見事な腕前である。
    思わずカタコトのタイ語を全力で駆使して
    「オイシイ、コレ、豚の私ダイスキの物の事、トテモトテモです」と、ありったけの賛辞を送った。
    発音も文法も間違いだらけな俺のタイ語を聞いておっちゃんはキョトンとした表情をしていたがすぐに笑顔になりウンウンと頷いてくれた。

    通じた。今まではただ料理名を連呼してオーダーを通す事が精一杯だったのだが、つたないながらも自分の感じた気持ちを言葉で相手に伝える事が出来、相手はそれを理解して笑顔で返してくれた。
    なんかこう、ようやく日常会話の一歩目を踏み出せた。初めてタイの人と言葉で繋がる事が出来た。そんな記念すべき嬉しさに浸りながら実に良い気分で最後のビールを飲んでいた俺の目の前に、突然ドデンとドンブリが置かれた。
    豚の生血のスープである。

    俺が持てる限りの語学力を駆使して贈った賛辞の言葉はおっちゃんには何ひとつ通じてなどおらず、ただ単におかわりを注文したと思われたようだ。
    ぬか喜びの恥ずかしさで赤ら顔になって、背中を丸めて二杯目の生血をすすりながら俺は思わず呟いた。


    「一杯で充分だな」


    何事にも適量というものがある事をようやく学んだ、そんな40代半ばの春である。

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    ハギスとソーセージ

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      時刻は午前二時をまわろうとしていた。
      英国エジンバラのホステルの薄暗い共有ラウンジスペースで、俺は眠い目をこすりながらノートPCに向かい、日本から持って来た仕事の続きを黙々と進めていた。
      深夜という事もあり、この広々とした空間に居るのは俺と、すぐ横のソファでいちゃついている一組の白人カップルだけだ。

      いくつものテーブルやソファが並び昼間は多勢の人々で賑やかなこのラウンジだが、今は俺がキーを打つ無機質な音と、カップルの甘い囁きと湿っぽい吐息だけがミスマッチな混ざり具合で断続的に響いている。
      ちらりと横目で伺えば、彼らはお互いの服の下に手を入れてまさぐり合い始め、いよいよ二人だけの愛の世界に没入しつつある。
      「部屋でやれや」
      吐き捨てる様に日本語で呟いてしまったりもするのだが、この宿の部屋は全て、微妙に幅の狭い二段ベッドがズラリとならんだドミトリーである。
      彼らも俺も、目的は違えどもこのラウンジスペースに来るしかないのだ。

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      ここ数年の俺の夏は、世界三大演劇祭の一つである「エジンバラ・フリンジフェスティバル」に清水宏という少々頭がおかしいコメディアンが単身挑戦し日々苦闘する様を撮影する為、英国スコットランドのエジンバラくんだりまでやって来て過ごすのが恒例になっている。
      こちらで撮影したドキュメント映像は帰国後に編集し、日本各地で公演する報告ライブの劇中で上映される。
      この舞台映像の出来がライブの印象を左右する重要な要素の一つでもあるので、演者では無い俺も連日かなり気を張ってカメラを回し続けなければならない。
      「完全アウェーの地で、ネイティブの観客達を相手に英語のみで1時間のコメディを毎日」。
      そんな心身共に削られ続ける日々を2人で過ごすのはなかなかに過酷であり疲労消耗が激しい。ゆえに数少ない味方同士の筈なのに、ちょっとした意見の違い等から時に殺伐とした関係になってしまったりもする。異国の地で、感情の行き場逃げ場がお互いに無いのである。
      そんなこんなでただでさえ大変なのだが、かてて加えて俺にとっては現地で大きな問題がある。
      それは何かと言えば、イギリスのメシが不味い事である。
      もう一度書こう。メシが、不味いのである。イギリスは。

      もちろんレストランなどでそれなりの金を支払えば美味いメシを食う事は出来るのだろうとは思う。
      しかしただでさえ物価の高いヨーロッパ。そして円安の昨今である。街の屋台でちょっとした軽食をテイクアウトするだけで東南アジアのそこそこのホテル1泊分ほどの金が飛んでしまう。
      見ず知らずの人々と相部屋で宿泊せざるを得ない様なカッツカツの経済状況の俺が、高い金を支払って食の探求に勤しむ余裕など英国の地に於いては微塵も無いのである。
      仕方無く、宿の共有キッチンで自炊するという事に相成るのだが、作る物と言えばスーパーで買って来た安肉と端切れの様な安野菜をジャジャッと炒め、塩胡椒で味付けるだけの工夫の無いシンプルなメシだ。
      主食はジャガイモである。最も安価な小ぶりなジャガイモをこれまた山程買って来て、湯を沸かした鍋にボンボコ投げ込んで茹で、片っ端から塩をかけて手掴かみで貪り食う。
      「飢えを満たす」という為だけの、食の喜び要素には著しく欠けるメシである。
      日程後半にもなると、心身共に削られ消耗した俺と清水氏が殺伐としながらテーブルに向かい合い、間に置かれた山積みの芋を無言でひたすら貪り食い続ける。そんな姿を他の宿泊客は怪訝な表情で遠巻きに眺める事になるのである。

      毎日そういった食事ばかり続けていたらさすがに気力が衰えて来てしまったようで、いよいよ明日が千秋楽というラストスパートが必要な日に、なんだかグッタリと疲れが出てしまった。
      こんな事ではいけない。最後の一踏ん張りの為にはメシでパワーを補充しなくてはいけない。
      てな訳でここはひとつご当地グルメとやらを堪能して英気を養ってやろうと思い立った。

      スコットランドの名物と言えば「ハギス」である。
      これがどんな物なのか、ざっくりと調べたところによると「羊の胃袋にミンチやら麦やらハーブやらを詰め、蒸すだか焼くだか煮るだかしたスコットランドの伝統料理」だそうだ。
      ざっくりと調べ過ぎたのでいまひとつ全貌が見えて来ないが、独特の臭みを敬遠する人の多い羊肉も内臓も、どちらも俺の大好物である。望む所だ。
      ネットで検索し、近隣でハギスを食べる事が出来るレストラン情報をピックアップし、早速向かってみる事にした。

      その日、街はフェスティバル最後の週末という事もあり、人でごった返していた。
      まだまだ陽が高い夕方前、人混みをかきわけつつ歩いて目当てのレストランに到着した。
      歴史を感じさせる石造りの二階建てレストランは早い時間から盛況である。
      店先に置かれたメニューをパラパラとめくって、ハギスがある事を確認するも、
      「高いな・・・」
      表記された値段を見て思わず声に出してしまう。まあ日本円にしてせいぜい2000円弱ほどであり、特にべらぼうな値段でも何でも無いのだが、連日安クズ肉と端切れ野菜をどうにか料理して数日分の食事にするという生活を送っていたおかげですっかり感覚が貧しくなり、あろう事か「スコットランドの伝統料理を、現地の老舗レストランで食す」という貴重な機会にも二の足を踏んでしまう程に、俺の食への探究心は麻痺してしまったのである。「貧すれば鈍す」とはまさにこの事だ。
      店内の客達もまた、俺に入店を躊躇させるに余りある紳士淑女っぷりである。
      心身ともに荒みかけ卑屈な気持ちになっていたので余計にそう見えただけかも知れないが、それにしても小綺麗な西洋人達が優雅に食事を楽しんでいる真っただ中に、ヨレヨレTシャツにサンダル履きの明らかに汚らしい日本人中年男がひとりで紛れ込むのはやはりどうにも気が引けてしまう。
      俺はレストランにくるりと背を向け、来た道を戻る事にした。敵前逃亡である。

      そのままスーパーに向かい、俺は冷凍食品コーナーの棚から一つの商品を手に取った。
      「ハギス」である。
      日本円にして500円前後。このリーズナブルな冷凍食品のハギスを買ってホステルに戻り、キッチンの電子レンジでチンして食べる事で、とりあえず今回のご当地伝統料理クエストをクリアしてしまおうという魂胆だ。
      山盛りのミンチ肉の隣にマッシュポテトが添えてあるパッケージ写真は悪く無い。むしろなかなかに美味そうだ。
      「こないだ見たテレビ番組では、プロの料理人ですら冷凍食品のチャーハンの見分けがつかない位だったからな」
      数ヶ月前にたまたま見たバラエティ番組の記憶を無理矢理掘り起こしてぶつぶつと呟き、自分に何かを納得させる。

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      ホステルに到着した俺は、さっそくキッチンの電子レンジに冷たいハギスの箱を放り込んで、適当な分数をセットして出来上がりを待った。
      時間が経つにつれ、動物性の脂がチュクチュクと熱せられる小気味良い音が聞こえてきて、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり始めた。
      調理完了を告げる電子音が高らかに鳴り響き、待ち構えていた俺はすぐさまレンジの扉を開けた。
      箱を取り出して皿に載せ、熱々のパッケージを破るとついにハギスが俺の前に姿を現した。
      びっくりするほどパッケージ写真とは異なるその姿を。

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      「なんか、雑!」

      叫ばずにいられなかった。
      セガサターン発売当初あたりの時代の、ざっくりとした粗いポリゴンのCG映像が頭に浮かんだ。
      初代バーチャファイターに「ハギス」が登場していたら、こんな感じで表現されたのかも知れない。そんなあまりにも雑な物体が目の前に現れた。

      しかし匂いは悪く無い。熱せられた動物性油脂と各種香辛料の香りが混ざり合って、なかなかに食欲をそそられる。
      俺はミンチとマッシュポテトらしきポリゴンをフォークですくい、口に運び、味覚神経をフル稼働してスコットランド伝統料理を味わった。

      「うん、不味い!」

      迷い無く、全ての人に宣言出来る味だった。が、人様にその味を伝える適当な言葉がみつからない。「不味い以上でも以下でも無い、ジャストな不味さ」とでも言えば良いだろうか。

      しかしどんなに不味くとも貴重な栄養源である、もちろん全て残さず平らげた。
      そしてまだまだ満たされない空腹を埋める為に結局また今日もじゃがいもを茹で、くず肉くず野菜炒めを作っていたらいつの間にかやって来た清水氏がいつもの様にしれっとテーブルにスタンバイしてメシの出来上がりを待っている。「お前作る人、俺食べる人」といったその風情に軽くイラッとしつつも、俺はフライパンを振った。
      そして大皿に盛られた家畜の餌の様な夕餉を、今日も二人無言で貪り食った。
      ほんのりとした殺伐さを感じ取った人々が、またしてもそれを遠巻きに見ていた。


      そんなこんなで明日の千秋楽に備えての英気は特に養われる事は無く、ぐったりとした気持ちのままグズグズと時が過ぎて深夜になり、白人カップルがいちゃつく薄暗いラウンジで俺は仕事をしていたのである。
      夜が深まるにつれ、増々二人は盛り上がり始めた。
      湿っぽいエロスが満ち満ちてくる空気の中、居心地の悪い事この上ないのだが、
      「ここで去ったら負けだ」
      そんなよくわからない対抗心すらも沸いて来てしまった。
      ウフだのアフだのといった声とともに俺のパーソナルスペースをジワジワと浸食してくるエロスに負けてなるものかと、俺は意固地になって高らかにキーを打ち鳴らして作業を続けた。

      それにしても、である。
      これは全くもって勝手な思い込みではあるのだが、白人というのはなんていうかこう、性に関してもっとカラリとあっけらかんとしている人種なのではないだろうか。
      例えて言うならば大自然の中で、太陽の光を燦々と浴びながら笑顔でセックスする様な。
      こんな深夜の暗がりで、湿っぽい囁き声と共にネットリといちゃつくなんてのは、彼らに取ってあるまじき行為なのではないだろうか。
      まことに勝手ながら、彼らの性生活はアジア的湿度とは対局の、オープンで見も蓋も無いスタイルが基本であって欲しいと俺は常々思っている。甚だ勝手ながら思っている。

      勝手に思ってろと言われてしまえばそれまでだが、この個人的見解にはまあ理由がある。
      中学生の頃、家族が留守の真っ昼間に、8つ年上の兄の部屋にこっそり忍び込んだ俺が、兄のベッドの下から発見した一本のVHSのビデオテープがそもそもの発端である。
      テープに貼られた英文のインデックスにピンと来て、手に取った瞬間にそれが如何わしい物であると俺は確信した。
      破裂しそうな心臓の鼓動を全身で感じながら空前の期待感と共にテープをビデオデッキにセットして、震える指先で再生ボタンを押すと、ちょっと滲んだ様な色合いで俺にとって生まれて初めて観る洋物ポルノの映像がブラウン管に映し出された。

      「ピクニックにやって来た金髪姉妹が突然素っ裸になり、一本の長いソーセージを互いに挿入し合って繋がったまま、笑顔で大草原を走り去って行く」

      いろんな意味でどういう気持ちになったら良いのかわからない内容だった。
      しかし刷り込みという物は恐ろしいもので、初めて観た洋物ポルノがこの様な代物だったおかげで、世間的には明らかに間違っているであろう白人に対する勝手極まりない思い込みが俺の中に形作られてしまったのである。
      多感な思春期に染み込んでしまったイメージという物はなかなか消える事は無いのだろう。

      余談ではあるが、今年の春先あたり、仕事中に何の前触れも無く
      「そうか!あいつら双子だからソーセージだったのか!」
      と、およそ30年の時空を超えて何故か突然のひらめきで謎が解けてひとり大いに盛り上がり、深夜に仕事部屋で軽く跳ねたりしたものだがそれはまあどうでもいい話。
      そしてその二分後に
      「でも、双生児って日本語じゃん」
      と、ぬか喜びだった事に気づいてえらいことガッカリしたりもしたものだがそれもまたどうでもいい話。

      疲れて消耗していたせいだろうか、異国の深夜のラウンジで、そんな過去と現在のどうでもいい記憶ばかりが脳裏に去来し始めた。
      横のカップルはますます盛り上がる一方である。
      もはや俺など存在していないかの様に、フンだのハンだの声をあげ、あまつさえベチョベチョと水分多めの音を立てながらキスをし始めた。
      太陽の下であっけらかんとセックスする様な、白人のあの明るく軽き性精神を忘れてしまった、愚かな奴らだ。
      疲労がピークに達していたのだろう。俺は理不尽な憤りを制御出来なくなりつつあった。
      「もう、負けでいいや」
      勝手に抱いていた白人の性のイメージが目の前で湿り気を帯びたサウンドと共に崩れ去り、そしてなによりも俺は眠さに耐え切れなくなったので、ノートPCをパタンと閉じて狭い二段ベッドの並ぶ部屋へと戻る事にした。
      お前ら、後はせいぜい勝手にやるが良い。


      翌日昼過ぎ、エジンバラでの千秋楽公演。いろんな事が起きた。それはもういろんな事が。
      何が起きたのかは清水氏の公演の中で事細かに語られるだろうから詳細は割愛する。是非ともどこかの会場に足を運んで頂きたい。しかしとにかく疲れた。消耗した。
      好きでやっている仕事とはいえ、笑いを作り出す現場と言うのは斯様に過酷なものなのか。と、改めて思い知ったがそれでもなんとか最後の気力を振り絞って撮り切った。

      何はともあれすべての日程を終えたのでさて打ち上げで乾杯!なんてな流れが本来であれば自然である筈なのだが、何故か俺は撮影終了直後に居ても立っても居られなくなり、機材を背負ったままどんどん街を歩きに歩き、更に歩き、大通りを抜け、街を抜け、なんだかよくわからないが気づいたら郊外の山に登っていた。
      一刻も早く街から離れ環境を変えて、心身のバランスを取らねばどうにかなってしまうという脳の自衛作用だったのかも知れない。知らず知らずのうちにそこまで追い込まれていたのだろう。
      時にぬかるみに足を取られ、時にルートを間違えて岩肌剥き出しの急斜面を四つん這いで登り、汗でビッタビタになりながら俺は一心不乱に頂上を目指した。

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      1時間半程かけて急勾配を登り切り、山頂で強い風に吹かれながら、彼方に見えるエジンバラ市街を眺めた。
      空気を胸一杯に吸い込んでゆっくりと深呼吸をした。
      ようやく人心地ついて、いろいろと溜まっていた澱のようなものが少しずつ浄化されて行くのを感じた。
      慣れないホステル生活や様々なストレスも手伝って清水氏との間で殺伐と空気になってしまう事もあったが、全ては「公演を成功させる」という同じ目的に向かって進んでいるが故のこと。
      より面白い物を作る為にはある意味仕方無い衝突とは言え、お互いに自分の事をこなすだけで精一杯で余裕がなかったのだろう。
      俺に至っては挙句の果てに、ただ愛を育んでいただけの何の罪も無い恋人達に対してまで、己の思春期に刷り込まれた勝手なイメージに当てはまらないからといって理不尽に憤ったりする始末である。
      これに至ってはもう、ちょっとどうかしていたな。と思った。

      清水氏との様々な確執と共に、数十年間に渡って自分の深層に染み付いていた間違った勝手な思い込みも寛解した様な、そんな気持ちになった。
      他人にとってはどうでも良く些細な事かも知れないが、俺にとっては自分自身が一歩進み、なにか次の段階に入れたな、そう思える瞬間だった。

      これも自然のパワーという物だろうか。心身共にすっかりとリフレッシュ出来たので、帰りは雄大な風景を楽しみながら、ゆっくりと下山した。
      時刻はもう夕刻だが日本に比べて日没が遅いのでまだまだ明るく、思いのほか山の日差しは強かった。少し焼けた頬や鼻が心地よくヒリヒリしていた。

      メインの遊歩道からちょっと小道に外れて、静かな木立の中に立って上を向き、すうーっと胸一杯に空気を吸い込んだ。
      耳を澄ませばいろんな種類の鳥のさえずりが聞こえる。木々の間を通り抜けてそよぐ気持ち良い風を受けながら、茂った葉の間から見上げた空はとても青かった。
      よし、また明日から進んで行こう。
      なんだか無駄にポジティブな気持ちにさせられてしまう。おそるべし自然の力。

      ふと、木立の少し先に目をやった。


      大自然の中、太陽の光を燦々と浴びて、白人カップルが笑いながらセックスしていた。



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        喜寿を迎えた両親を祝うため、横浜にある老舗有名中華料理店の個室に一族が集合した。

        代々薬学関係に従事する者が大半を占めている我が家系の中、言うまでも無く俺はダントツ一番の落ちこぼれポンコツ人間なので、一族が一同に会するこういった場には出来る限り顔を出したくは無い。
        堅き事を何よりも良しとする人々の中、40代も半ばに差し掛かって未だ独り身の浮草稼業でプラプラしている様な俺は、実に肩身が狭く居心地が悪いのである。

        とは言え、喜寿を迎えただけあって両親も高齢だ。
        ここ最近は父母それぞれ様々な病を患っており、こうやって一族全員で集まる事が出来るのもこの先そう多くは無いだろう。居心地の悪さなどを理由にして敬遠していたら、数年先になって後悔する事になるかも知れない。
        そんな思いもあったので渋々ながら今回は俺も顔を出し、しかし目立たぬ様に存在感を薄めに薄めて気持ちの上では半透明な姿になって末席にひっそりと幽霊の如く座ってはいたのだが、そんな異物感がむしろ一族からの好奇の視線を集めてしまってやはり居心地悪い事この上無い。

        思えばこの20数年、どんな生活を送っているのかろくに近況報告もしないで好き勝手にダラダラ生きて来た自分自身に責任があるっちゃああるのだが、

        「いったいどんな仕事をしているのか」
        「何故ろくに連絡をよこさないのか」
        「ちゃんと食えているのか」
        「何故いつまでたっても独身なのか」
        「人生プランは無いのか」
        「老後の事を考えているのか」
        「持ち家も無くフラフラしていていいのか」
        「俺がお前の年齢の頃にはもう」
        「保険には入っているのか」
        「健康診断は受けてるのか」
        「太り過ぎじゃないのか」
        「ちゃんとしろ」
        「バカ」

        等々、油断すると矢継ぎ早に色々な質問が四方八方から飛んで来て、やがて質問は説教へと変わる。
        そんなこんなを回避する為に、とにかくなるべく人々の視界に入らない様に身を縮こまらせて、テーブルの隅っこで気配を消してモソモソとメシを食うのである。
        そんな俺の隣に、同じくひっそりと気配を消しながらメシを食う一人の男子。
        甥っ子である。
        現在大学生のこの彼は一族の新世代の最年長者であり、将来を嘱望されて薬科大学にも見事現役で入学したのだが、「ぼんやりしていたおかげで一年生を二周することになってしまった」という、これはまあ世間ではよくある微笑ましい事態ではあるのだが我が一族に於いてはなかなかの失態を犯してしまい、新世代のエースの座から陥落して現在少々肩身の狭い思いをしている。

        こいつは中学に入学した頃から思春期男子特有の「家族とは殆ど口をきかず、基本的に家では部屋に籠り気味」のアレになったのだが、何故だか俺には少し興味を持ってくれているようで、年に一度、俺が瞬間的に数時間帰省した際などには一緒に犬の散歩に出て、特に何を話すでも無く深夜の海沿いの道をブラブラと歩き回ったりした。
        まあ「あきらかにまともな仕事には就けて無さそうな、いい歳してなんかヨレヨレした格好でプラプラしてるおじさん」が物珍しかったのだろう。
        そんな甥っ子と隅っこに肩を寄せ合ってひっそりと座り、「いいか、カップラーメンの残り汁は一度には飲み干さず、冷や飯と一緒に小鍋で温めて卵で閉じるとだな」などと40をとうに過ぎた大人が前途ある若者に向けて語るにはあまりにも貧乏臭い話をしながら豪華なコース料理に舌鼓を打った。

        コースはさすがに老舗有名店だけあって、次から次へと手を凝らした珠玉の逸品が運ばれて来た。
        盛り付けの段階で既に工芸品の様にテラッテラした輝きを放っていた料理の数々はどれもこれも実に上品かつ繊細で美味しかったのだが、
        俺の貧相なボキャブラリーでは頑張って言葉をひねり出して説明しようとしたところで

        「なんらかの肉を、どうにかした物」

        としか表現出来ないのが我ながら残念だ。
        せめて写真でもお見せ出来れば良いのだが、この様な場でカメラを取り出してメシの写真をパシャパシャ撮り始めたら一族からの無駄な注目を更に集めてしまう事になる。
        なるべく気配を消し、ササッと食って、心の中でワアワア喜んでいたのでこの日のメシの写真は一枚も無いのである。

        そんなこんなであらかた料理を食い終わり、孫達からの花束の贈呈などがあり、予定通りの「良い雰囲気」になったところで最後に一族全員での記念写真を撮ろうという事になった。
        両親がずいぶんと旧式なデジカメを取り出して、給仕の方にシャッターをお願いしている時に俺はハタと思い立った。

        俺が家族の写真を撮影した事が、いままでの40数年間の人生の中であっただろうか。いくら記憶を遡っても、ただの一度も無いのである。
        そして俺は家族の集合写真という物を、一枚たりとも手元に持っていない事にも今さらながらに気がついた。
        この先、全員が揃って集まれる機会はあと何度あるだろうか。今回が最後では無いという保障などどこにも無い。

        家族がみんなで集まっている記念写真を一枚、手元に残しておきたい。

        生まれて初めて、そんな気持ちになった。
        自分でも意外だった。俺も歳を取ったという事だろうか。
        俺はなんだか不思議な感情に突き動かされた。


        「あ、みんなの写真なら、俺が撮るよ」


        普段は末席で半透明になっているポンコツが珍しく率先して名乗り出たので、一族の面々の表情には明らかな驚きが伺えた。
        酒の勢いにも少々背中を押されていた俺は、自分のカバンから買ったばかりのミラーレス一眼を取り出してズズイと前に出て、あろう事か場を仕切り始めた。
        「俺のカメラで撮るから、そんな汚いカメラはとっとと仕舞っちゃいなさい」
        「ボサッとしてないで全員そこに並んで、はい、前の人は椅子に座って背筋伸ばして!両脇の人はもう半歩内側に!」
        「硬い硬い!ダメだそんなんじゃ。笑顔!」
        ある程度の画角を決め、給仕の方にカメラを渡してシャッターをお願いして列の後方に入り、指示を出す。
        「オートフォーカスだからそんなに気にしないで大丈夫。そのまま何回か連続で押して下さい!」「3、2、1、はい!」「もう一枚!」
        時々ファインダーを確認する為にカメラと一族との間を往復し、指示を出し、撮影を繰り返す事数回。数十回はシャッターを押しただろうか。
        一通り撮り終えた俺はカメラをバッグにしまいながら一族に言った。

        「ま、写真は後日ちゃんと仕上げて送るから。楽しみに待っているように」

        ポンコツの一言に、一族の面々は「ほう」という感心した様な表情を浮かべた。
        なんのかんの言ってもグラフィックデザイナー歴20年の俺である。写真の扱いはお手の物だ。
        プロの技術でバッチリと画像を整えて、綺麗なポートレートに仕上げて贈ってあげればさぞかし喜ばれるだろう。
        一族内での最下層カースト「正体不明のポンコツ出来損ない」からの名誉挽回の、またとないチャンスである。
        この様な一族の集う場で、ほんのりとではあるが珍しく一瞬だけ輝いた俺を見て、甥っ子も心無しか嬉しそうな表情を浮かべていた気がする。


        一族の面々と別れて一人東京の自宅へと戻った俺は、身にまとったほのかな輝きが完全に消えてしまう前に、早速パソコンに本日の写真データを取り込む作業を始める事にした。


        カメラにメモリーカードを入れ忘れていたので、この日の写真は一枚も保存されていなかった。


        俺はまた当分の間、一族との連絡を絶つ事にした。



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        Dennis Ivanov

        (デニス・イワノフ)

        日本人。
        グラヒックデジャイナー。
        twitter:Dennis Ivanov

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